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「真鶴」

2007.03.20 23:54 CST [ 読書感想 ]

真鶴真鶴
川上 弘美

文藝春秋 2006-10
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神奈川県横浜市出身者の私にとって、真鶴はちょっと遠いけどおなじみの場所である。伊豆半島の付け根、ちょっと突き出た岬があり、そこを真鶴という。中学の時に弁当を持って遠足に行ったし、車の免許を取ってからは友人らと伊豆に遊びに行くついでに何度か寄ったことがある。まあ特に何があるというわけではないが、とりあえず静かでいいところだ。しかしこの小説に登場する真鶴は、不思議な異界として描かれている。

主人公は執筆を仕事にしている女性。夫は 10 年前に失踪し、未だに音信不通どころか生死すら不明。夫がいなくなってから娘と母親の三人で暮らしており、長い間不倫の関係にある年上の編集者がいる。主人公には「ついてくるもの」がいる。それはどこからともなく現れ、時に淡く、時に濃厚に、またある時は女で、ある時は男の姿として彼女についてくる。この「ついてくるもの」が妖怪なのか幽霊なのか、はたまた彼女が脳内で見ている幻想なのかはわかならい。ある日、しつこくついてくる女に導かれるように真鶴へ行く。そこには夫の失踪した手がかりがあるように思われた。

そして主人公が訪れたとたん、真鶴は異界、魔境の様相を呈してくる。天候は突然変わり、目の前で賑やかに行われていた祭りは様子がおかしくなる。船が燃え、人々は海に飲み込まれ、民家は倒壊して人っ子一人いない町に変わる。たしかに真鶴のはずなのに、しかしここではないどこか。なぜ夫が失踪したのか。その理由を探し求めているようで実はずっと逃げ続けていた主人公は、この不思議な真鶴の地で初めてその真実と向き合わざるを得なくなる。その答えは此岸にあるのか。あるいは彼岸の先にあるのか。

この小説を支えているのは、独特の文体である。助詞の使い方や省略の仕方がある種の味わいを醸しだし、漢字を極力排したやさしく柔らかな言葉が、まるで岬に打ち寄せる波のようなリズムを作り出している。この世ならぬ世界にいつの間にか迷い込んでしまった不思議な不安と浮遊間は、このさざ波を思わせるリズムから作り上げられて小説全体を覆っている。それでいて言葉の選び方や会話の描き分け、ひらがなと漢字の使い分けが実に見事。特にときおり描かれる官能的な場面での表現が秀逸であった。ひらがなって、こんなにまでエロティックだったのか、と初めて思った。久々にただ読むだけで圧倒された本である。

投稿者 hamada : 2007.03.20 23:54 CST

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