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・・・寝言の如く書き綴る日々の思い付き・・・



第180話 (1999.09.06)変身

 この話は昨年の夏にまで溯る。

 高校時代の天文部OB達で行われる毎年恒例夏の合宿。現役時代からほとんど変わることの無いメンツと行き先に、最近はすっかり予定調和と化している具合ではあるが、これがなければ我々天文部OBの夏は来ないと言われるイベントだ。「夏は来ない」と言ってもそれは勝手に我々が宣言しているだけのことであって、だって地球は回ってるんだもーんと、それなりに季節が進めば自動的に夏は来るのである。それはまあ確かに惑星物理上はそうなのだが、毎日雨がしとしとと降りそぼる梅雨の時期になると、OB連で作っているメーリングリスト上に誰書くということなく合宿の話題がのぼり、皆の休みの日程を擦り合わせながら「じゃ、今年もあそこにするか」と場所と日程が決定される頃には、我々の心は夏を待ちわびる想いで一杯になるのだ。

 ところでなにしろ天文部OBによる合宿である。普通に考えるならさぞ気合を入れて星を見ているんじゃないかとか、季節柄、流星群の観測でもしているのでは、などと思うかもしれないが、我々の合宿には望遠鏡もなければレリーズ付きの一眼レフカメラもない。ましてやペルセウス座流星群を観測して流星数を計測し、HRからCHR、ZHRを求めて日本流星学会に報告する、なんてことは絶対にない。そもそも星なんてほとんど見ない。では何をしにわざわざ遠くの山まで出かけていくのかというと、要するに飲み会である。場所をいつもの居酒屋から山の上に変えただけの、ただの飲み会をするためだけなのである。しかしまあよく考えてみるとただ皆で集まって酒を飲むだけなのに毎年毎年何故こんなところまで、と我ながら実に無駄なことをしていると思うのだが、この無駄こそが言うなれば大人の余裕、すなわち男のロマンなのである。屁理屈上等。とにかくそういうことにしておいてほしいのだ。

 そんなわけで昨年の夏もいつもの場所、いつもの参加者によって合宿という名の遠征飲み会が執り行われることになった。場所は長野県の八ヶ岳に程近いN山。そして宿泊施設もこれまたいつもの通りN山山頂に程近いところにあるバンガロー形式の山小屋である。この山小屋は、高校の現役時代からお世話になっているなじみのところであって、ここにはいくつか大きさの違うバンガローがあるのだが、昨年は参加人数の都合から六畳と三畳大の二つの建物を借りることにした。予約も無事済み、八月のお盆前に合宿は無事決行されたのである。

 さて話は少し飛んで、合宿二日目の昼。食料品の調達のために一旦車で下山した俺達は、買い出しの前に前夜の垢と体中に溜め込んだアルコールを飛ばすために麓近くの温泉に行ったのだった。お湯にゆっくり浸かってさっぱりした後、温泉場の建物内をブラブラしていると、とある一角に少しうらぶれた感じのゲームコーナーがあるのを誰かが見つけた。おおこれは懐かしいあの伝説のシューティング物じゃないか、これは例の脱衣麻雀だな、などとTVゲームに興じる者の他に、部屋の角にぽつねんと置かれたUFOキャッチャーに百円硬貨をつぎ込む者もいた。そして見事、戦利品として綺麗な化粧箱に梱包された約30cm大のキューティーハニーのフィギュアをゲット。こんなところでこんなものを取ったところで荷物になるだけなのだが、せっかく取ったのも何かの縁、そのまま捨てていくのももったいないととりあえず持ち帰ることにし、買い出しを終えた俺達は再び山に帰ったのだ。

 合宿の日程も最終日、帰る段になる頃に、案の定ハニーのフィギュアの所有を巡って一悶着がおきたのだ。
「おい、誰かこの人形持ってかない?」
「いらん」
「いらん」
「そんなもん、持って帰るだけで恥ずかしい」
「家人に変な趣味があると誤解されると困る」
 もっともである。なにしろキューティーハニーである。しかもフィギュアである。仮に持って帰ったとしてどうするのか。居間のたんすの上にでも飾るというのか。そんなこっぱずかしいことは出来ない。たまたま家を訪れた人にそんなところを見られでもしたら、妙な趣味の人かと思われるのは大変困る。
「では一体これをどうするのだ」
「いっそのこと捨ててしまえ」
「いやしかしやはり誰かが持って帰るべきではなかろうか」
などと議論が白熱した矢先、はたと膝を打つものがいた。実は俺達とは別の年代のOB団体が、翌週ここを訪れることになっているのだ。そうだそれがいい。奴等に押し付けてしまおう。そうと決めた俺達は、三畳間のバンガローの天井裏にハニーのフィギュアを隠し、彼らにプレゼントと称して彼女の処遇を一任してしまったのであった。下山後、素晴らしいものがあるから是非探してみるように、と彼らに告げた。

 ところがである。後発組の一行は、久しぶりに山にやって来た開放感からか、そんな天井裏に隠した我々からの貢ぎ物を探すことなどすっかり忘れ去ってしまい、そのまま帰って来てしまったのである。哀れ愛の戦士キューティーハニーは、すきま風吹く山奥のバンガローに一人置き去りにされてしまったのだった。

 そして今年。季節は巡り、再び夏の合宿の時期がやってきた。

 あれから一年。ハニーは今いったいどうなっているのか。不可抗力とは言え、なにしろ一年もの間薄暗く湿った天井裏に捨て置かれていたのである。よくある怪談話のお菊人形のように髪が伸びてはおるまいか。怒り、憎しみ、世にも恐ろしい形相に変わり果ててるのではないのか。きっとそうにきまっている。絶対に怒り心頭怒髪天をついているに違いないのである。ぶるぶる。怖い。恐ろしい。想像するだけで戦慄が背中を走る。出来ればこのままなかったことにしてしまいたい。記憶の外に封印してしまいたい。だが、今ならまだ間に合うやもしれん。確かに恐ろしげなのは如何ともし難いが、しかし今ここで勇気を振り絞って天井裏から取り出し供養の一つでもしないと、これがまた来年、再来年と伸ばし伸ばしになったらなったで更に恐ろしいことになるやもしれんじゃないか。今なら間に合うのだ。今ならまだ、彼女の怒りを静めることが出来るような気がするのだ。今年も行こうN山に。そしてあの三畳バンガローの天井裏に眠るハニーを救出しよう。話し合った末そう結論した俺達は早速山小屋に連絡を取り、まずは三畳間のバンガローが俺達の合宿予定の期間中に空いているかどうかの確認をしたのだった。

 ところがである。山小屋のオーナーの話によると、そのバンガローは最近雨漏りがひどく、補修をまだ行なっていないので今年は貸すことが出来ない、ということであった。なんということだ。これではハニーを救い出すことが出来ない。それにしても偶然にしては出来過ぎではないか。これはもしや、置き去りにされ怒ったハニーが、救出しようとする俺達を敢えて遠ざけ、さらに自らの怒りを増幅させようとしているのかもしれない。ひいい。やっぱり怖いよお。

 いやしかしここで引き下がったら、きっともっと恐ろしいことが待っているに違いない。どうせ怖いならせめて今年のうちにケリをつけてしまいたいではないか。よし。こうなったら山小屋のオーナーにこれまでの経過を洗いざらい話し、そして件のバンガローを開けてもらうようお願いしてみよう。そう決意を新たにした俺達は八月上旬のある日、再びN山の登山道を登っていったのだった。

 山に着きしな、山小屋の裏手で薪割作業をしていたオーナーのオヤジを探し出し、さっそく説明を始めた。
「ということで、申し訳ないんですけど三畳のバンガローを開けてもらえないでしょうか」
 恥ずかしながらそういうことなんです、いい年こいて本当におバカなことをしてしまったのです、と俺達はこれまでの出来事の詳細をオヤジに説明し、そしてハニーの眠るバンガローの鍵を開けてもらうように頼んだ。黙々と薪割を続けながら話を聞いていたオヤジは、俺達の説明を聞き終わると鉈を地面に降ろし、少しの間を置いて呟いた。

「…なるほど。まあそういうことならねえ」
「そういうことなんです」
「じゃあ若いもんにでも言って鍵を開けさせましょうか」
「いやもうホントに、どうもすみません」
「まあ長い付き合いだからねえ」
 よかった。こんなくだらない話をして一喝されでもしたらどうしようかとビクビクしていたのだが、聞き入れてもらえたようだ。これでとりあえずはハニーを救出できる。ほっと安堵のため息が俺達の中から漏れた。

「ところで」
 滴る汗を首から下げたタオルで拭きながらオヤジは突然言った。
「ところでそのハニーっていうのは、あの昔テレビでやっていたアニメのことですかい?」
「ええそうですけど…オヤジさん、キューティーハニーなんてよくご存知ですね」
「いやね、ほら、うちの娘がまだ小さかった頃に一緒にテレビで見ていたもんだから」
 そう言えばオヤジには俺達と同年代ぐらいの一人娘がいて、短大を卒業した後東京に出てきているという話を聞いたような覚えがある。数年前に結婚し、今は一男一女の母親になっているとも。

「子供向け番組にしては随分と色っぽいマンガだったよねえ」
「今見ればどうってことないですけど当時はそうだったかもしれませんね」
 そう。どぎつい表現が当たり前になった現在のマンガシーンから比較すると別にどうということでもないのだが、当時にしてみればキューティーハニーの正に「エッチ」という言葉が相応しい画像表現は衝撃的だった。変身シーンでほんの一瞬チラッと見ることのできるハニーの裸体に、己が人生で初めての劣情を催したおぼえがある輩はきっと相当数いるに違いない。

「ええっと、確かいろいろ変装するんだったよね」
「そうですそうです。ある時はフリーカメラマンのフラッシュハニーとかっていう」
「そうそう思い出してきたぞ。ある時はヒットシンガーのアイドルハニー」
「またある時は猛獣使いのターザンハニー」
「ある時は白衣の看護婦、ナースハニー」
 さすがは娘と一緒にテレビ放映を見ていただけあってよく知っているものだ。しかし初期版キューティーハニーの放送はもう二十年も前の話。いくらリアルタイムで見ていたと言っても、子供向けの番組の内容を、それもこんなマイナーな決め台詞をここまで鮮明に覚えているものだろうか。よもや数年前に放送していたキューティーハニーFも見ていたのか。よもやこのオヤジ、変な趣味があるんじゃあるまいな。そんなこちらの疑問をよそに、オヤジはなおも続ける。

「ある時は国際線スチュワーデスのミスティーハニー」
「ホントによく知ってるなあ。ある時はトップレーサーのハリケーンハニー」
「そして、またある時は山小屋オヤジのワンゲルハニー」
「ははは、またまた。オヤジさんったら、冗談ばっか……り」

 まさか。まさかまさかまさか。その言葉の持つ意味に気付き、ギクリとする俺達を見下ろすかのようにオヤジはすくと立ち上がって、口元に不敵な笑みを浮かべた。

「しかして、その実態は」

 次の瞬間、まばゆい光がオヤジの体を包み込み、ゆっくり空中に浮かんだとおもうと、「紅葉軒」とネーム入りの着古した法被がビリビリと音を立てて破れ割けた。そしてその下に隠されていたオヤジの両胸が、見る見るうちに膨らんでいった。



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