みくだり日記    1999年10月後半
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10月31日(日)
  もうすぐ「もののけ姫」の英語版「Princess Mononoke」がアメリカで上映されるそうだが、それに続いて今度は「鉄腕アトム」がハリウッドで映画になるとのこと。しかもなんでもこちらはフル・アニメーションではなくて、実写とCGのハイブリッド合成だという。ノリ的には「STAR WARS EP1」や「ロジャーラビット」みたいな感じになるんだろうか。あの手塚治虫ワールドがハリウッドの手によってどう表現されるのか。なんとなくコテコテのアメコミになりそうな気がしないでもないが、実写との合成ってことで気になるのはヒゲオヤジ役を誰がやるのか、ということだ。まさかチャールズ・ブロンソンじゃあまりにも渋すぎるし、かといってブルース・ウィリスでは若すぎか。コミカルさをデフォルメすると…。ミスター・ビーン?

  昨日今日と、神奈川県伊勢原市のかみさんの実家に。まゆちゃんは結膜炎になってしまったそうで、まるでパンダのようにぐるりと真っ赤に腫れた目の周りが痛々しい。
  ところでまゆちゃんの通っている幼稚園で先日運動会があったそうで、その様子を収めたビデオを見せてもらった。まゆちゃんも含め、ちいさなお子達がダンスを踊ったりわらわらとお遊戯に興じる姿は微笑ましい。ちなみにまゆちゃんは、かけっこで並み居る男の子たちを抑えて見事一着でゴール。いつもよろよろと危なっかしいのに、こういう時は足が速かったとは知らなかった。やはり普段からそこら中をかけずり回っている賜物かな。


10月30日(土)
  今年は俺を雇用している会社の創立六十周年記念で、今月頭に催された創立記念パーティーのゲストとして松田聖子のそっくりさんがやって来たことは10月前半の日記に書いた通り。その創立記念の一環として、社員全員に結婚式の引き出物にありがちなカタログ商品のパンフレットが配られていて、この中から好きなものを記念品として選べ、ということになっていた。
  どうせ会社の創立記念品なんだから思いっきりロクでもないものを選ぼうとパンフレットを見渡してみたのだけど、さすがそこは松坂屋のカタログだ。小洒落た食器セットとかブランド物の傘とかそういう無難な類の物ばかりで、今一つギャグになりそうなものがない。結局のところ、以前からちょっと欲しかったこともあってタニタ製の体脂肪測定機能付きディジタル体重計にしてみた。まあ最終的に実用性重視になってしまうのは俺の性格か。

  で、ブツは昨日届いたので早速はかってみたわけなのだが、さすがはディジタル式体重計である。いい加減なアナログ式と違って体重が200g単位で細かく測定・表示されるので、微妙な体重の変化が如実に分かってこれがなかなか楽しい。例えば飯を食ったりウンチョスをしたりすると、それがすぐさま微妙な体重の変化値として反映されるのだ。ここまで正確に測定できるならば、焼肉食い放題で死ぬほど食ったら1kgぐらい増えるのか、とか、断食を三日間実行したらどれぐらい体重が減るのかなどを実験してみたい衝動に駆られる。そんなもん計ってどうするよ俺。
  さてさて、肝心の体脂肪率の方なんだけど…。これがなんと、思ったより多かったのである。確か以前はかった時はもうちょっと少なかったはずなんだがなあ。ま、多いって言っても10%代半ばだから成人男子の絶対値としては少ないほうだけど、しかしそれでももうちょっと少ないと思っていた。うーむ、脂肪が増えたのか筋肉が落ちたのか。両方だったらまずいな。
  よおし、こうなったら筋トレ再開だ。目指せ体脂肪率一桁!<ほんとかよ 


10月29日(金)
  異常に暑かった夏も過ぎ去り、めっきりと秋が深まりつつある今日この頃。今年もまた我が家の周囲ではカメムシが大発生しているのだ。確か去年も今時分だったなと思い「寝言」の過去ログを見返してみたら、やっぱりそうだった。あれから一年の時がたち、別に誰が呼んだわけじゃないのに、奴らは律儀に帰ってきたわけだ。
  まあ大発生といっても、まるで畑を食い荒らすイナゴの大群のようにあたり一面カメムシだらけ! なんてわけじゃなく、ベランダに出てみると床にポツポツいるという程度なのだが、それでもカメムシである。ご存知の方は多いと思うけれど、とにかくこいつらの何が困るって、「カメ臭」と呼ばれるあの独特の臭気である。何とも形容のし難い、とほほな臭いである。
  で、カメムシはどういうわけだか家の中に入りたがるようなのだ。もちろんそれは困るので、出来る限り家の中に奴らが侵入してこないように窓の開け閉めには気を使ったりしているのだが、どこかのわずかな隙間を潜り抜けて入ってくる。しかもやっかいなのがベランダに干した洗濯物に紛れ込んでいる場合が多い。何もそんなに頑張って洗濯物なんかにしがみついていなくてもいいのに、パタパタと軽くはたいたぐらいでは落ちてくれないようなのである。そんなに家の中がいいのか。そんなにおもてが嫌いなのか。節足動物は節足動物らしく外を飛び回ってりゃいいものを、なんでそんなに家の中に入りたがるのだカメムシよ。ここは君らが冬眠するところではないのだよ。
  これがまだテントウムシだったら可愛げがあるのだがなあ。羽にマジックで点々を書いて「なんちゃってテントウムシ」にしても駄目だよな。あの臭いは。
10月28日(木)
  ダイエーホークスが通算四勝一敗で中日ドラゴンズを破って、球団としては三十五年ぶりに優勝した。本拠地の名古屋に帰って中日ももうちょっと頑張るかと思っていたが、意外にあっさりと負けてしまったものだ。昨年の横浜ベイスターズの例を挙げるまでもなく、ペナンとレースと違って日本シリーズは短期決戦だからチームとしての総合力よりもノリとか勢いが雌雄を決するファクターになりがちだが、若い選手の多いホークスが正にその勢いに乗って連勝したってところだろうか。しかしこれで水島新司はホークス優勝の場面をどういう風に書くのか、「あぶさん」を読むのが俄然楽しみになった。それにしてもドラゴンズは打てなかったなあ。
  ところでさっそくダイエーグループ七十六社、約一万二千店で優勝記念大バーゲンセールを明日から四日間実施するそうで。グループ全体で七百六十億円の売り上げを見込んでいるらしい。我が家が買い物でよく行く「ららぽーと」にもダイエー(の系列店)が入っているんだけど、きっとこの週末なんて物凄い混雑になりそうだ。バーゲン目当てに行ってみたいような気もするが、その前に混雑しすぎて入れないかも。

  キルギスの日本人拉致事件は、最終的に人質無事解放という形で解決した。しかしその人質解放にあたってはきっと多額の身代金が動いたんだろう。まるでカツアゲされる小心者の中学生みたいに金だけをむしり取られてしまったわけで、卑怯なテロリストごときになめられているかと思うと腹が立つ。
  しかしもしこれが拉致されたのがアメリカ人だったらどうなっていたか。きっとアメリカなら無茶な空爆や力ずくの軍事行動による「目には目を」的な方法で無理やり解決するのだろう。だが、もちろん日本には今回の件のような国際的なテロに対してそうした報復手段をとることは出来ないし、それにそうした手段自体が本当に正しいやり方なのかは分からない。もちろん人質の命は最優先だ。だけど、なにかこう釈然としないんだよ私は。


10月27日(水)
  ノー残業デーの水曜日。夕方仕事を終えて帰ろうと思ったら、外は猛烈な雨と稲光の一大スペクタクルと化していた。「滝のような」とか「バケツをひっくり返したような」という形容詞は、きっとこういう時のことを指すんだろう。とにかく尋常な降り方ではない。降り注ぐ雨の圧力が、さした傘の生地をブチ破りそうな勢いだ。
  そんなわけで傘は何の役にも立たず、ほうほうの体で会社の駐車場にたどり着いた時には全身ビチョ濡れ。なんとか車に乗り込んで、早いとこ家に帰ろうと車を発進させたはいいが、フロントガラスに叩きつける雨でワイパーを全開にしても前が全然見えない。うおーこわいよおー。若葉マークのドライバーよろしくガラスに顔をすり付けるように前のめりになってトロトロと進んだのだが、激しい雨にライトの光が反射して、まるで濃霧の中を走っているようだ。結局数百m走ったところでこれ以上進むのは危険と判断し、車を路肩に寄せて雨が小降りになるのを待つことにした。
  そこは少し上り坂になったところだったんだけど、道路の上を排水溝からあふれた泥水がまるで川のように下流に向けて流れている。テレビのニュースでたまにやっている大雨の現場中継でならこういう光景を見たことはあるけれど、実際に自分が体験することになるとは。いやあこれはえらいことになったよなあ、としばらく待っていたら、だんだんと雨脚が弱まってきたので再びゆっくり家路へと向かった。途中道路のあちこちでタイヤの半分が埋まるほど冠水していて、往生している車がたくさんいた。俺の車は車高の高い、いわゆるクロカン系四駆なので多少の水位ならどうってことはないが、確かに普通のセダン車だったらあれを渡るには難儀するだろう。まあ何にしてもモノ凄い雨だった。
  特に今年は梅雨明け以降から猛烈な暑さの日が続いたり、かと思えばこうした豪雨が続発したりして、どうにも極端な天候が多いような気がする。今まで散々痛めつけられた地球からのしっぺ返しなのかもな。
10月26日(火)
  映画俳優のジョン・トラボルタが、先ごろ生まれた次男に「SPAM(スパム)」と名付けることにしたとテレビのニュースで知った。なぜそんな名前を付けたかというと、ジョン・トラボルタは「SPAM」という缶詰が大のお気に入りで、その名を取ってということらしい。次男がスパムで、じゃあ長男はというと、こちらはジェット・トラボルタだそうだ。なぜジェットか。それはもちろんジェット機が大好きだから。
  うーむ、いくら好きとはいえそりゃ安直すぎじゃないのかと思うが、まあ百歩譲ってジェットは良しとしよう。日本にも「ジェット浪越」なんて御大もいることだし、こちらは勘弁してやってもいい。しかしスパムはいかんだろうスパムは。きっとトラボルタはメールやWebなんかほとんど使ったことがないからこんな意味もあるなんてことは知らないんだろうけど、ネット界隈で「SPAM」と言えば迷惑メールやネットニュースでの不正な投稿のことを指し、あまり良い意味の言葉ではない。そんな迷惑の代名詞のような言葉を名前にされちゃった子供が不憫だ。
  そもそも元々の由来である缶詰の方だってどうかと思う。ずいぶん昔に「SPAM」缶詰を食べたことがあるけど、はっきり言って激マズだった。あれが大好物って、あんた舌もおかしいよ。

  ♪ぼくらはジェットにスパムの兄弟さ。将来絶対グレると思う。


10月25日(月)
  朝出掛けにテレビのワイドショーを見ていたら、唐突に葉月里緒菜が登場した。遅刻寸前全然時間に余裕なんかないのに、画面の中でインタビューか何かを受けている姿にしばし見とれてしまった。確かまだ二十代前半だったと思うが、この妙な色気は何なんだろう。いや別に好みのタイプとかそういう訳じゃないし、もちろん整ってはいるが、しかしとりたてて美人ってほどでもないのに。やっぱり目か。でっかい目なのか。デカ目殺。これに真田広之も惚れちゃったのか。
  ところで何の話題でテレビに出ていたんだっけ?

  夜十時過ぎ。仕事を終えて真っ暗な会社の駐車場をトボトボと歩きながらふと見上げると、空にピタリと張り付くように木星が眩しく輝いている。そのほんの左下にはポッカリ奇麗な月が浮かぶ。おお今日は満月か、と思ってよく見ると、向かって左側がほんの僅かに欠けている。完璧な円の満月よりも、この少し欠けたアンバランスさが不思議と魅力的に見えるな。やっぱり月にはウサギが住んでるんじゃないだろうか。


10月24日(日)
  アルコールとトランプに明け暮れた狂乱の夜が去り、茨城の朝は体中の節々の痛みで始まった。昨晩ホットカーペットの上に転がっていたら知らんうちにそのまま寝入ってしまっていたようだ。腰と首がギシギシと痛い。
  ところでやはり昨日の雪辱は晴らさねばならないウラミハラサデオクベキカ、と今度は大洗港の中にある回転寿司屋を襲撃することにした。昨晩の痛飲による残留アルコール成分がまだ胃に留まっているような気がして、とてもまともに飯を食えるとは思えないのだが、しかし男にはどうしてもやらなければならない時があるのだ。そんなに大層なことか。
  美味いネタなら多少胸焼けがしていても案外と食えるものなのだなあと思いながら寿司屋を出た。車でダラダラと海岸線を走って、適当な駐車スペースに車を止めて岩場の海岸に入ってみた。風はそれほど強くないが、太平洋から打ち寄せる波はかなり高い。高波がしぶきを上げて岩を洗う様子は、まるで東映映画のオープニングのようだ。なるほどだから大洗なのかとちょっと感動したが、あの波のずっと下には昨日食ったアンコウが住んでいるのかと思うと、そうか実は海って巨大な土鍋のようなものなんだよなとさらに感動。今さっき寿司を食ったばっかりなのに、そういうくだらないことを考えるとまた腹が減ってくるのが不思議だ。
  帰りは特急「フレッシュ日立」に乗って柏まで。席は広いしリクライニングもするしで実に快適。電車の旅もなかなか楽しい。
10月23日(土)
  この週末は茨城県ひたちなか市に単身赴任している高校時代の友人宅に遊びに行ってきた。ひたちなか市というと例の臨界事故のあった東海村のすぐ隣。実際あの事故の時は、友人宅付近も避難勧告地域に入っていた、というぐらい近い。
  当初は常磐道を通って車で行こうと思っていたのだが、かかる時間や高速代金などをよく考えてみると、車よりも電車を使ったほうがよっぽど早いし楽チンだということに気付き、急遽予定を変更して電車で向かうことにした。さっそくWebで経路を調べてみると、うちから友人宅最寄の駅まで電車を乗り継ぐこと二時間強。思ったより近いような、でもやっぱり遠いような実に中途半端な時間だが、ここのところ旅行というと車を使うことばかりだったから、どこかに行くのにこれだけ電車に乗るのも久しぶりのような気がする。気分的には「世界の車窓から」という感じか。えらくローカルで小じんまりとした車窓だが、まあたまにはこういうのもいいだろう。

  友人宅には計五人の野郎どもが集まった。男が集うと何故か腹が減る。ひたちなかの近くには漁業基地で有名な大洗港があり、そこから仕入れた新鮮なネタを使って、リーズナブルな値段で寿司を食わせる寿司屋があるという。おおそれは素晴らしい、と車に乗り込みさっそく向かってみたのだが、しかし無情にも本日休業とのこと。何故だ。何故稼ぎ時であろう土曜日の夜に休業するのだ茨城の寿司屋よ。ネタがないのか。やる気がないのか。
  脱力した体を引きずり大洗のホテル街をさまよっていると、何やらいかにも美味いもんを出しそうな海産系定食屋が目にとまった。おおこれだもうこれしかないとドヤドヤと店になだれ込み、よおおしこうなったらアンコウ鍋を食ってやるついでに刺身の盛り合わせだハマグリの塩焼きだメヒカリのから揚げだ蛸のぶつ切りだあああもちろんビールをビールをビールを!と、一気に注文そして一気に食う。うおおやっぱりネタの新鮮さが違うんだねえ美味いねえ幸せだねえ、と感涙に咽びながら最後はアンコウ鍋の残り汁でオジヤ。
  はち切れんばかりの腹をさすりながら、俺たちは心の中で何度も何度も唱えたのであった。茨城万歳。ついでにアンコウも万歳。


10月22日(金)
  昨日の日記で「言語による芸術の、一つの奇跡がここにある」なんて偉そうなことを言ったそばから、何をとち狂ったか、ダニエル・キイス文庫があたかも独立した出版社であるような記述をしてしまった。これは大きな間違い。ダニエル・キイス文庫とは、早川書房から出ている作家名を冠したシリーズ文庫の一つであります。大変失礼しました。
  まあそれはそれとして、ダニエル・キイスって「アルジャーノンに〜」以外には「ビリー・ミリガン」シリーズや「五番目のサリー」あたりが代表作で、多重人格や不思議な精神世界のストーリーを書かせたら右に出るものがいないというぐらい世界的にも大変著名な作家ではあるのだけど、それにしても独立文庫シリーズにするほど著作は多くない(十作ぐらい?)ような気がする。まあシリーズ化されることによって本屋の棚には著作が一堂にずらっと並べられるわけだから、いちいち本屋の中を歩き回らずに見つけやすくなっていい。この際だから全部集めてみようかな。

10月21日(木)
  先日近所の本屋をブラブラしていたら、ダニエル・キイスの名作「アルジャーノンに花束を」の文庫版が平積みされているのを見つけた。ほほー、これが噂のあれか、と手にとってパラパラめくってみると、出版社がダニエル・キイス文庫とある。本の性格上てっきりハヤカワ系から出版されるものと思っていたが、なんでもこれがダニエル・キイス文庫シリーズの第一巻なんだそうだ。
  俺がこの本を読んだのは恥ずかしながらずいぶん遅くて、数年前にかみさんがハードカバーを買ってきたのが最初。確かその当時、なぜか世間ではダニエル・キイス本ブームのようなものが沸きあがっていて、この「アルジャーノン〜」もメディアその他でずいぶんと持ち上げられていたように記憶している。天邪鬼な俺のこと、ふふんそんなら俺は読まんもんね、と本当は読みたくてしょうがないくせにブームの様子を静観していたのだが、かみさんが買ってきたことを知るやすかさず本を奪い取り、そして貪るように一気に読破したのだった。ひねくれているくせに涙腺の弱い俺は、最後の数ページは涙が止まらなかった。
  あまりにも有名な本なので読んだ人は多いと思うけど、文庫化されてお求めやすくなったことだし、もしまだの方は是非とも一読をおすすめしたい。言語による芸術の、一つの奇跡がここにある。
10月20日(水)
  めっきり朝晩涼しくなった今日この頃。皆様いかがお過ごしでしょうか。
  日頃の寝不足気味生活のところへ、灼熱のケアンズから一転して秋真っ只中の日本に放りこまれるという、この激しい寒暖の差攻撃があいまってか、どうもハマダは体調が今一つといったところです。昨晩あたりから重い肩凝り、背中の痛みといったいつもの風邪のひき始めの前駆症状が出現しており、何やら悪い予感がしてなりません。ということで、今日はネットサーフィンもほどほどにし、お湯割でもぐびっとやって、とっとと寝ることにします。
  季節の変わり目の折、皆様もご自愛ください。
10月19日(火)
  「雲助」なんて言葉、恥ずかしながら初めて聞きましたよ私は。日本語って奥が深いのか浅いのかよく分かりませんね。

  深夜一時。風呂から上がって何を見るということなくテレビをつけたら、「少年隊夢」なる番組がやっていた。シブガキ隊も少女隊もとっくの昔に消えてなくなり、あまつさえ筋肉少女帯ですら活動休止状態にあるこの世紀末。何故未だに少年隊なる団体が存在しうるのかはよく知らないが、この「少年隊夢」は秋の番組改変で新しく始まった番組だそうだ。と、どこかに書いてあったのを思い出した。まあそんなことはどうでもよく、ゲストのTOKIO相手に少年隊の錦織氏がサムいギャグを連発する姿をただひたすらボーっと見ていたのである。
  あーつまんねえ。普段の俺ならこんなくだらない番組はさっさと見限ってすかさず別の局にチャンネルをかえるところだが、今日はきっと何か呼ぶものがあったのだろう。だってさ。番組後半、いきなり登場した本日のスペシャルゲストがMR.BIGですぜ旦那。しかもスタジオ生LIVEで「To be with you」ですぜ。もっともLIVEっていってもバックはカラオケのテープで、実際に生音が出ているのはエリック・マーティンの歌のみだったんだけど、それでもあの独特の、少ししゃがれたソウルフルな歌声が生で聞けただけでも十分。「動くリッチー・コッツェン」のお姿が拝見できたのもうれしいし。
  それにひきかえ、ギターを弾く真似と口パクコーラスだけやっていた少年隊にTOKIO。お前ら邪魔。


10月18日(月)
  昨日の日記で自転車通勤が云々なんて書いたからその影響なのか、昨晩見た夢は強烈だった。
  俺が自転車に乗って会社までの道のりを颯爽と走っていると、突然後ろから誰かが追いかけてくる気配がした。おや何事かと振り向くと、そこにはママチャリに乗った故フレディ・マーキュリー(QUEENのボーカリスト)の姿が。うおおっ。何でこんなところにフレディが? と思う間もなく、鼻下の髭の輝きも怪しげに口元にはうっすらと笑みを浮かべて、フレディ・マーキュリーが猛烈な勢いで俺を追いかけてくるのである。何やらえも言えぬ恐怖感に駆られた俺は、とりあえず逃げることにした。追いつかれたが最後、良くないことが起きそうな気がしたのだった。全力でペダルを踏みつけ、とにかく逃げる俺。追うフレディ。逃げる俺。追いたてる口髭男。怖いよお。怖いよおぉ。そしてもちろんBGMは、あの名曲「Bycycle Race」。
  おかげで今日は一日中頭の中で「ば〜いせこ、ば〜いせこ」というサビのコーラスがグルグル廻っていたのだ。なんだか当分の間、自転車に乗るのがいやになってしまった。どうしてくれるんだフレディ。
10月17日(日)
  今年の関東地方は数字の上でも大変な猛暑だったそうで、平均気温としては亜熱帯地方とほぼ同等の水準だったとか。それを引きずってか、九月はもとより十月に入ってもまるで真夏のような暑さの日があったりして、もしかしてこのまま秋も冬も来ないでそのまま来年の夏まで続くのかと思っていたら、今日は一気に気温が下がってめっきり秋らしい気候になった。全力で体を動かしてもそれほど汗をかかないこの季節。そろそろ自転車通勤をしてもいい頃合だろう。これを逃すと今度は寒くなってまた来年の春までさようなら、ってことになりかねないよなあ。
  かみさんの知り合いがPC購入を考えているというので、指南役になることになった。とりあえずメールとWeb閲覧程度に使えれば良く、CRTは15インチ、予算は十二、三万円で、という条件なので、当初はソーテックのe-oneあたりをすすめようかと思っていたのだが、裁判沙汰などがあってなんとなく先行きが見えないような気がする。で、その他のメーカも含めていろいろ調べてみると、最近はいわゆる1000ドルPCクラスが意外に充実していて、必要にして十分なスペックのマシンが各メーカから数多く出ていることに気づいてちょっと驚いた。これもひとえに半導体技術の進歩と量産効果によるコストダウンの賜物なんだが、それにしたってCeleron 466MHz、6.4GBのHDD、64MBのメモリを積んだマシンがこれだけの値段で買えるんだから、まったく良い時代になったものだ。
  悩んだ末にいくつかの機種に絞り込んだところなんだけど、今のところの第一候補はやっぱりソーテックのこれかな。バンドルアプリも盛りだくさんで、買ってきてから即使える手間いらず。これで実売八万三千円程度ってメチャクチャ安くないっすか?
10月16日(土)
  オーストラリアから帰ってきた日の夜、何気なくつけたテレビから飛び込んできたのは、小説家の三浦綾子氏が亡くなったことを知らせるニュース報道だった。旅行から帰って来しな、突然そんなことを言われても。おちゃらけ旅行モードから全く抜け出ていない俺の頭には、まだ夢の中の出来事のような、あるいはフィクションのニュース番組でも見ているかのような、そんな現実感ゼロの感覚でブラウン管に流れる画像をボーっと見ていた。
  「氷点」「塩狩峠」「泥流地帯」などに代表されるように、三浦作品のほとんどは出身地である北海道が舞台になっている。確か最初に三浦作品を読んだのは「氷点」「続・氷点」だったと思うが、雪が舞う旭川の街並みや凍てつく北の大地の風景、登場人物たちの心に渦まく憎しみ、嫉妬、自己中心主義、そして自分の心が自由にならない人間の苦悩といった心理描写が、まるで雪の結晶のように透き通った文章で鋭く描かれていく様を読んでずいぶんと感銘を受けたものだ。どの著作もすばらしいが、この「氷点」シリーズや代表作の「塩狩峠」「道ありき」などは、美しい文章とはこうあるべきだという見本のような作品だと思う。
  また敬虔なクリスチャンとして知られる三浦綾子は、色紙に「受くるより与うるは幸いなり」といった聖書の言葉を好んで書いたそうだ。そう言えば三浦綾子の作品には多くの悪人が登場する。しかし悪行を重ねた人物も、最後には必ず誰かに「許され」て、そして癒されていく。自分を含めて人間は過ちを犯しやすいと知るが故に、「許す」ことに最高の価値を置いて書かれた三浦作品を読むと、クリスチャンどころか一切の信仰とは無縁の俺のような人間であっても、どこか心洗われ、そして何かに「許される」ような思いに満ちてしまう。

  名作「ひつじが丘」の中に出てきた言葉を思い出す。
「いつ、どこで、自分の生活を断ちきられても、その断面は美しいものでありたい」
  結核、直腸ガン、そして晩年はパーキンソン病と、生涯を通じて病と闘うことが多かったそうだが、しかしそれに屈することなく正にこの言葉そのままに生きた作家だったように思う。どうか安らかに眠ってください。


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