みくだり日記    2000年02月前半
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02月15日(火)
  今朝やたらに寒いと思ったら、夜はさらに冷え込んだ。仕事を終えた夜中、これは寒いぞと車に乗りこみ、備え付けの気温計(車に装備されている)の数値を見ると氷点下二度。ぶるぶる。関東近辺がこれだけ寒いのだから、普段からもっと寒いところはさらに寒い、って、寒い寒いとくどい言いまわしだが、なんでも北日本の金沢や新潟方面では猛烈に発達した低気圧の影響で、寒波はともかくとして記録的な大風が吹き荒れる大荒れの空模様となっているらしい。先週スキーに行ってきた上越方面も、そのとばっちりで大雪・大風のダブルパンチ☆状態ということだ。ううむ、一週ずれていたらえらいことになってたなあ。滑れなくて捻挫はしなかったかもしれないけど。

  毛利さんを乗せたスペースシャトル・エンデバー号が、地球を周回する軌道の関係から、あとニ、三日すると日本でも肉眼で観測可能となるようである。と言ってももちろん相手は数百km上空を飛ぶ物体である。そこらの飛行機のように機体の形そのものが見えるわけではなく、明るい光の点として認識できるだけなのだ。だが、実際見てみるとこれがなかなか面白いのである。宇宙開発事業団(NASDA)のWebサイトにスペースシャトルの探し方というページがあるので、見てみようという方はここを参考にすると探しやすいだろう。
  ちなみに東京だと見頃は2/19か20。天候にもよるが、夕方の五時半頃に北西の地平線から現われ、天頂付近を通って東南方向に沈むまで約八分間の飛行を眺めることが出来る。その他の地域での見え方はここを参照されたし。

  十数年前の高校生の頃、史上初めて打ち上げられたスペースシャトルを学校脇の川原で見上げたことを思い出した。思ったよりもかなり速いスピードで、天空を音も無く横切っていく光点。あの光の点が地上を遠く離れた宇宙空間で地球を周回し、そしてあの中に人間が乗っていると思うと、言い様もなく感動したものだった。今週末は例えどんなに寒くてもいいから、晴れてくれることを祈る。


02月14日(月)
  ちよこれいと、なんて呟いてみたり。ついでに色もつけてみました。生まれてすみません。

  ちょいと調子が悪いので、今日はお手軽に箇条書きで。


02月13日(日)
  これも毎度のことなのだが、酒を飲んだ翌日ってのは腹の具合が悪くてしょうがない。実のところ、体質的に酒が体に合ってないからなんだろう。この体格からして、知らない人から大酒飲みと間違われることがたまにあるが、本当はからきし弱いんです私。それも翌日に残るタイプ。こういう時は大人しく体を休め、読書でもして一日を過ごそう。読書?もちろんトイレでな。

  ということで、「宇宙消失」(グレッグ・イーガン:創元SF文庫)を読了。本書は昨秋に何かと話題になっていたのだが、今頃になってようやく読み終わった。相変わらず世間の流行とは無縁の生活を送る私だ。
  で、この本、やたらにサイバーな私立探偵小説仕立ての前半は若干退屈だが、後半に入るにしたがって話が加速度的に壮大な方向へ突進していく。ここまで量子力学を前面に押し出したハードSFは初めて読んだけれど、まあ何しろ豪快な話である。最後の方になると前半のサイバー私立探偵風に積み上げていった伏線などどうでもよくなってくるし、はっきり言えば物語としては破綻しまくっているのだが、ここまでやられるとオールオッケーな気分に(無理やり)させられてしまう。でもここまで暴走すると、淡々とした前半がとにかく地味に思えてならない。どうせなら最初からバリバリにぶっ飛ばしていけばいいのに。
  いやしかし、ホントに豪快。結局のところ、発端となった事件の依頼人はいったい誰だったのかなんて、主人公自体がそんな些細な謎を途中から全然気にしなくなってしまうぐらいなんだもの。「これでいいのだ」というバカボンパパを彷彿とさせる著者の呟きが聞こえてきそうだ。面白いから許すけど。ともあれ、辛口なハードSFに飢えている人にはお勧めです。


02月12日(土)
  今日は神田で学生時代の友人達と飲み会。

  今日集まった連中は、大学の音楽部に所属していた同期の面々。学校を卒業して最初の数年は研修やなにやらで東京に残っていた人間が多かったため、飲み会だ旅行だと事ある毎に集まっていたが、そのうち一人地方に帰り二人が帰りとするうちに、絶対的物理的距離という障壁もあって、なかなか皆が一堂に会する機会はなかったのだ。だが今日は久しぶりの大集合である。ある者は長野から、ある者は静岡からこの日のために新幹線に乗ってやって来てくれた。たまに在京組の小人数で飲み会はやっていたけれど、これだけの人数が一堂に集まるのは記憶にあるうちでは大学卒業以来かもしれない。
  夕方五時から始まった一次会は四時間半の後にお開きとなリ、最終の新幹線で地元へ帰る連中以外は二次会へ突入。飛びこみで入った居酒屋は、静かな離れのような作りのところで落ち着いて飲めた。神田にこんなところがあるとは思わなかった。またいつか利用しよう。

  今日の集いは、実は送別会なのである。かつて我々夫婦の仲人をやってくれた友人夫妻が、大学入学以来十数年間暮らした東京を離れて、郷里の九州某地へ戻るという。また一人在京の友人がいなくなるのは実に寂しい限りだ。が、それも仕方がないこと。本人の決めたことに他人が口出しする余地はないのである。ま、別に今生の別れというわけでなし。お互い生きていればまたそのうち会う日もやってくるだろう。そう考えれば、これから先、生きていく目標も出来るってわけだ。

  そういうことで、病気すんなよ。怪我するな。達者で暮らせ我が友よ。とりあえず「ひでじビール」を送ってください待ってます。金はちゃんと払いますから。


02月11日(金)
  世間的には今日から三連休が始まる。だが俺は今日ももちろん休日出勤。今週は前半に二日も休んでしまったので、その分の遅れを取り戻さなけりゃならない。が、やはりというか案の定というか、朝起きられずに昼から出社。通常勤務と違って強制でなく、出るか出ないかはあくまでも任意な休日出勤では気合いの度合いが違うのだろうか。と言うより前の晩早く寝れば良いだけのことなんだが。
  それはともかく、出社してから夕方までひたすらVHDLのコーディング。こいつを早いところ終わらせて論理シミュレーションを通せば、ようやく一区切りつく。結局昨年末からこの二ヶ月半の間、これにかかり切りだった。一応のゴールまではもう少しだ。そこから先もまた長いんだけど。

  新しい大阪府知事って林真理子に似ているような気がしてならない今日この頃。


02月10日(木)
鼻かゆ   毎年春になるとスギ花粉による花粉症に悩まされる人も多いだろう。昨夏が猛暑だった関係で、今シーズンのスギ花粉飛散量は関東から東北地方で昨シーズンの五〜十倍、中部地方ではニ倍の飛散量、逆に近畿地方では昨シーズン並みか三割程度減少し、「東高西低」型になる模様とのこと。昨シーズンは例年と比べて飛散量が少なめだったことに加えて、花粉症の認知度の向上による事前の諸対策が功を奏したのか、去年の場合はそれほどえらいことにはならなかったかもしれないが、今年はこのスギ花粉大発奮ぶりである。ニュース報道などでもこの花粉大飛散がたまに取り上げられているので、今から戦々恐々としている人もいると思われる。

  実は俺もそんな一人なのである。俺は今までこの手のアレルギー症状には全く縁がなかったのだが、数年前頃から春先になると風邪でもないのにクシャミが頻発し、なんだか目もむず痒くなることが多くなったのである。最初は症状も軽く大して気にも留めていなかったのだけど、年を追う毎にだんだんと酷くなってきているような気がする。幸い昨年は比較的花粉の飛散量が少なめだったのでほとんど症状は出ることがなかった。だが今年は違う。何年かぶりの大飛散が予想されているのである。恐ろしいことである。勘弁してもらいたいものである。きっと鼻水ぐしゅぐしゅになることうけあいである。

  ちなみに先日のスキー行で、今年はスギ花粉が異常に多いという証拠をスクープしてきた。上の写真がそれ。ホントに、山に生えているスギというスギは花粉でまっ茶っ茶であった。これらが全部空に舞って降り注いでくるかと思うと実に恐ろしい。なんだかもう、見ているだけで鼻がムズムズしてしまったのだ。


02月09日(水)
  昨晩あれほど激しく降っていた雪は俺が会社にでかける午前九時半ごろには、日陰部分に残る一部の塊を残してすっかりとけてなくなっていた。路面が凍結して渋滞になったらいかんと思い少しだけ早起きしたのだが、要らぬ心配だったようだ。
  今朝はまた一段と寒い。昨日までいたスキー場よりも体感的にはよっぽど寒いように思うのは気のせいだろうか。いつもの見なれた街の風景がとけた雪の雫に濡れている分、太陽光線を乱反射して色彩の彩度が上がっている。雨の翌日とはまた違った色合い。それが逆に妙に寒々しく、体感温度をより低下させる。モノトーンの雪景色より、色合いの増した街並みの方が寒気を感ずるというのも変な感覚だが、ただ単に今日は北風が強いからってだけかもしれないけど。

  足首の痛みはだいぶ引いた。一応まだ湿布はしているが腫れもずいぶんと治まり、普通に歩行する分には特に問題はない。この分なら完全回復はかなり早そうだ。なんだかんだで完治するまでに一ヶ月以上かかった去年のことを思えば楽なもんだ。と強がってみたものの、さすがに階段の、特に体重がかかる下りは難儀する。出来るだけ足首に負担がかからないように一段一段そろそろと下りていくのだが、ゆっくり歩いているから逆にバランスが取りにくいのか、ちょっと気を抜くとふらついてこけそうになる。この感じがスノーボードと同じなのは実に皮肉である。

  荒井注氏死去。もちろん亡くなったこと自体驚いたが、享年七十一才と聞いてもっと驚いた。年齢よりもずっと若く見えたのだけど意外に年を食っていたのだなあ。ともあれ、合掌。


02月08日(火)
  足首回りが普段のニ割増しほどに張れあがり、足を着地するたびに全身を貫くような激痛が走ってとてもまともに歩けなかった去年ほどではないが、一晩たって昨日よりもかなり痛みが増している。平地ならなんとか歩けるものの、坂や階段の登り下りはかなりきつい。歩いているときに誤って痛めた左足に体重を少しでもかけようものなら、針でつついたような疼痛がくるぶし近辺を襲う。

  二泊三日の今回のスキー行も今日で最終日。天気予報によると今日は午後から雪になるそうだが、朝のうちは雲間から太陽が顔をのぞかせるほどいい天気である。素晴らしい。今回は天候には恵まれた。古い言いまわしだが、これも普段の行いの成せるところだろう。しかしもちろんこんな足でボードなんて出来る訳がなし。黄色い太陽に向かって中指を突き立てても、空しくなって頬を涙が伝う。

  同行者をゲレンデまで車で送った後、他にやることもなく仕方がないのでゲレンデ近くの温泉に向かった。こんな時間に他に風呂に入りに来る輩なぞいるわけもなく、広い風呂を独占状態だ。わーいわーい温泉貸し切り、いえぇ、もう最高っす!なんて言ってみたところで余計に空しく、また頬を熱い何かが流れる。ふやける寸前までいやっていうほど温泉に使って脱衣所に出てみると、湯の効能が書いてある看板を発見した。ふむふむ、悪性腫瘍や心臓病を患っている時は禁忌なのか。そりゃまあそうだろうけど、そういう病気の人が温泉に入りには来ないだろう普通。で、肝心の効能は、全身疲労、肩凝り、腰痛に…打ち身捻挫。涙で霞んで、それ以上読むことが出来ない。

  ということで、去年の雪辱を晴らすべく敢行した今回のスキー旅行。雪辱どころか完璧に去年の二の舞に終わってしまったのである。帰ってきたら関東地方も猛烈な雪模様。もう雪は勘弁してください。


02月07日(月)
  二日目は河岸を変えて、岩原スキー場へ。ここは宿泊しているリゾートマンションから車で二分ほど。歩いても行ける距離だ。昨日の上越国際と比べるとさすがに規模はちょっと小さめだが、近隣のGALA湯沢や中里あたりのスキー場と比較しても全然引けを取らない大きさで、斜面もそれなりに充実している。それになにしろ、やはり宿泊しているところからすぐに行けるところにあるというアドバンテージは大きい。やっぱり持つべきものは、リゾートマンションの保養所がある会社に勤めている友人である。それにひきかえうちの会社は…。いや、今は言うまい。

  ゲレンデには同じスキーウェアを着てゼッケンを付けた高校生のスキー学校らしき集団があちこちにいるのだが、それでもさすが平日だけあってかなり空いている。リフトも高校生軍団が大挙して登っていくときは瞬間的に混雑するにはするが、それ以外の時はほとんど待ち時間ゼロ。天気も昨日同様薄曇。雪質もまずまずで本日も素晴らしいスキー日和である。
  昨日の後半辺りから徐々に「地獄車」のトラウマによるスピードへの恐怖感が少しずつ消えうせ、だんだんと一昨年頃のフィーリングを取り戻しつつあった。へっぴり腰だったみっともない姿勢も、エッジに過重がかかるようになるにつれ矯正されてきたようだ。もう少しである。もう少しで頭の中からこの忌々しい全てのトラウマを払拭し、新たな地平の向こう側へと到達することが出来るような気がする。それにはひたすら滑りまくることである。
  そういうことで、午前から昼食を挟んで午後にかけてほとんどノンストップで滑り続けたおかげで、完全に調子を取り戻したのだった。スピードが出せるようになったことで板の安定度が増し、さらに過重移動によるエッジの切り替えもスムーズになり、我ながらなかなか鋭いカービングターンが出来るようになった。俺はやった。やったのだ。ついにあのトラウマを克服した。ついに自分自身を超えることが出来た。俺は銀嶺の覇者だ。俺は岩原スキー場のトニー・ザイラーなのだ。古いなそれは。しかもスキーの選手だし。

  しかし歴史は繰り返し、そして悲劇は突然やってくる。

  すっかり調子にのった俺は、それまで滑り続けていたゲレンデ中央付近の初級・中級コースから、山頂から続くかなりの斜度があるバーンの克服に挑むことにした。ここをつつがなく滑り降りられるようになれれば、俺のボード技術はさらに次の次元へと進むことが出来る。一本目、二本目ではさすがにかなりてこずったが、三本目には危うげながらもきちんとターンして下りることができた。もう少しである。
  そして、四本目。前半は良い感じである。若干スライド気味ではあるが、エッジが立ったターンの軌跡を連続して雪面に描いていく。あとちょっと。斜度がきつくなる中盤を抜ければゴールはもうすぐだ。と思った瞬間、小さな雪のこぶにエッジを取られてバランスを崩した拍子に、見事な逆エッジ状態になってしまったのだった。柔道の前回り受身のように肩口から雪面に突っ込んでいく。そして俺の足を乗せ、空に向かって突き出したボードの先端が慣性の法則に従い、角度にして約九十度回転し雪面に激しく叩きつけられた。

  「グゴキ」
  聞き覚えのある破滅の音とともに、左足首に走る激痛。

  今シーズンの俺のボードライフは、この瞬間に終わりを告げたのである。とほほほ。


02月06日(日)
  そういうことで、今日から二泊三日の日程で今シーズン初の(もしかしたら最後の)スキー行である。去年はせっかく遠く会津くんだりまで出かけていったのに、「地獄車」で足首を大負傷。ほんの一時間ばかり滑っただけでシーズンを棒に振ってしまった経緯がある。雪辱である。リベンジである。今回のスキー行は気合が入りまくっているのだ。
  ところで今回行く場所は上越国際スキー場および岩原。かみさんの友人夫婦と同行だ。ちなみに宿泊場所はこの友人夫妻の勤めている会社が借り上げているリゾートマンションで、当然ながら格安で泊まることができるのである。やはりスキーは平日で、しかもこの手のツテを辿って出来るだけ安上がりに行くに限る。
  いやしかし、このクソ忙しいときに本当はスキーになんか行っている場合ではないのだが、だってしょうがないのである。予定を入れちゃったのである。予定は決定なのである。会社の同僚のみなさん、どうもすいません。いくら厚顔無恥な俺でも多少は後ろ髪引かれる思いだったのです。本当です。嘘じゃありません。ま、俺の分まで頑張って仕事をして下さい。

  で、初日。午前三時に起床して四時半頃自宅を出発。関越自動車道を一路新潟方面へ向かい、目指す湯沢ICまで約200kmのドライブだ。さすがに日曜の朝だけあってか、途中渋滞名所の沼田IC付近で少しだけ渋滞したが、その他は至って順調だ。
  今日はまず上越国際スキー場へ。異常にだだっ広いここのゲレンデは、そこそこの斜面が配置されているのでどこで滑ってもそれなりの満足感が得られていいのだが、とりあえずはホテルグリーンプラザの反対に位置する当間ゲレンデへ向かう。ここへ行くにはリフトを乗り継ぎ乗り継ぎして二山ほど超えていかなければならないほど遠くにあるが、その分空いていていいのである。

  延々とリフトをつないで、ようやく到着した当間ゲレンデ。天候は薄曇。日照で暑くもなく、かと言って寒くもなく、絶好のスキー日和である。さっそく白銀の世界へボードでGO!
  が、昨シーズンほとんど滑っていないのでほぼ二年ぶりになるわけで、やはりブランクが大きいのか今一つ思うように滑ることが出来ない。中級者コースはもとより、初心者向けの緩斜面でも、なんとなく腰が引けてしまって上手くエッジに過重がかからないのだ。過重がかからないからいきおい板がぶれてしまって逆エッジ(カーブしている方向と反対側のエッジが雪面に食い込んでしまうこと:ボードが突然転倒するのはこれが原因)を食らってしまい、憐れ転倒の憂き目にあうという寸法だ。ボードというのは自転車と同様、ある程度スピードを出したほうが安定するもので、したがって逆エッジを食らうことなく滑ることが出来る。
  だが、脳裏に浮かんでしまう「地獄車」。どうしても、どうしてもスピードを出すことが出来ないのである。うう、俺はいつからこんなに臆病者になってしまったのか。この意気地なし。このチキン野郎!ああっ、もっと言って。

  そんなことで、チキンな滑りで日がな一日ダラダラ滑ったのち、スキー場を後にしたのだった。とりあえず今日のところはこの辺で勘弁しておいてやろう。


02月05日(土)
  今日も休日出勤。来週はちょっと休みが多いので、立てこんでいる仕事諸々を今日中に片付けるために朝から黙々と仕事に励む私。今日は会社のネットワーク環境の工事が行われていた関係上丸一日外部ネットと遮断された状態だったので、メ−ルの読み書きもWebを見るのもままならず、そういう意味では気も散らずに仕事に集中できたのだ。のはいいのだけど、しかし長時間に渡って根を詰めていると息切れしそうになる。やっぱりたまにはWebにでも繋いで息抜きしたいよなあ。まあなにしろ仕事の方は随分とはかどった。誰も誉めてくれないので自分で自分を称えよう。えらいぞ俺。よく頑張った俺。

  今日は友達に誘われたので、部屋の大掃除をしてみた。
  俺には衝動買いするという道楽があるために、いつの間にやら荷物が増え、部屋の中には普段使ってない死にかけたしらたきや印象の薄いジョン・ロビンソンが乱雑に積まれてひどいありさまになっている。ここはひとつ思い切って使用頻度の低いものは片っ端から捨ててしまえ…とはりきって始めたものの、掃除をしていくうちに昔集めていたヘアヌード写真集の雑誌や、学生時代卒業のサークルで使っていた馬鹿な犬などを発見すると、つい懐かしくなり、掃除のことなどわすれて生体肝移植したり卒倒し始めてしまう始末。
  結局、部屋の奥から荷物を引っ張り出すばかりで片付けてないものだから部屋は前より乱雑になってしまった。…まあいいや、次の日本晴れの日にはきっと片付けよう…と床にムリヤリ空けたすき間で夕食のたこ焼きを食べながら思った。やれやれ。

  以上、日記ジェネレータによる自動作文日記でした。ううむ、俺が普段書く日記よりよっぽど面白いぞ。ネタに詰まったときはまたここに頼もう。

  明日から銀嶺の覇者になる私。


02月04日(金)
  今日は午前中ほんの一時間ほど出社して諸々の雑事を片付けたあと、午後から外出。そういえば先週も外出したなあ。二週続けてスーツを着るってのも俺にしては珍しい。外出先はとある講習会受講の為で、内容的にはJTAGという半導体やそれを実装するプリント基板をテストするための規格で…、ってこんな話をしても面白くもなんともないので止め。ま、いろいろ新たな知見が得られて、それなりに有意義ではあった。
  ところで講習会会場は品川から京浜急行を乗り継いだ某駅近くだったのだが、よくよく思い返してみると京浜急行という私鉄路線って実に久しぶりに乗ったことになる。結婚前のまだ実家にいた頃や学生時代は、知人がこの路線沿線に何人かいたこともあってたまに利用していたものだが、結婚して神奈川を離れたここ数年というもの、とんとご無沙汰だったのだ。沿線近縁は再開発が進んで随分と様変わりしたと聞くが、昼間から酒を片手のおっさんが車内をうろちょろしているところは相変わらずの京浜急行である。今日も花月園は飲んだくれで満杯なんだろうか。

  講習会終了後に原宿に移動し、合言葉は「交信」のもと、某エスニック系飲み屋で人妻五人を相手にハーレム状態で飲み会。なに?人妻?そうです、人妻。人の妻と書いて人妻。しかも五人。男?俺一人。むほーっほっほっほ。
  人妻っていってもかみさんとその友人なんですけどね。


02月03日(木)
  いつの間にか気がつけば二月である。って、もうとっくに月は変わって既に三日も経っているわけだが、そういえば昔高校受験だったか、「一月は行っちまう、二月は逃げちまう、三月は去っちまう」と学校で先生が偉そうに言っていたのを思い出した。要するに年が明けての三ヶ月は、油断してるとあっという間に過ぎ去っちゃうよ、ということなんだろう。
  まあちょいとサムい駄洒落というか引っかけというか、こうして書くならまだしも、一月だから行っちまうとか実際に言葉にしてみるとちょっと恥ずかしいような気がしないでもないけれど、確かに年明けから年度末までは何かと多い催事に追われるような日常リズムになりがちで、この季節の実態をなかなか良く表しているとは思う。なんて書いてるそばから明日はもう立春だもの。春だよ春。全然実感ないけど。

  日本という国が本当に法治国家なのか、たまによく分からなくなることがある。言いたいことがあるならどうして口を閉ざすか。論じ合いたいことがあるなら、どうして場に出て闘わないのか。国会議員という職業人が、言論で闘わずして他のどこで闘うというのか。そりゃまあ公約に塵ほども掲げられていない連立を組むような連中は、誰がどう考えても有権者をバカにしているさ。数の論理。多いが勝ち。好き放題やり放題。議会制民主主義なんてクソ食らえ。
  だけれども、野党までいっしょになってどうするってのよ。不満があるなら議場に出ろ。胸糞悪いなら円卓で唾吐け。自分の縄張りの選挙区に帰ってタニマチの御機嫌なんて取ってる場合か。お前らホンマもんのアホだ。


02月02日(水)
  今日は会社で献血をした。日本赤十字社の献血車がだいたい半年毎にうちの会社にやってくるのだが、時間があれば必ず参加するようにしている。おかげで今日で一八回目の献血である。ニ十回の表彰までもうすぐだ。って、このペースで行くとそれはちょうど一年後か。そういえば一年前の献血の時にいた、献血前検査担当の鬼婦長は今回はいなくてちょっとがっかりである。ううむ、また雑文のネタにしようと思っていたのに。
  そういうことで今回も四百ml献血を行った。四百mlといえば牛乳瓶ニ本分である。最近は牛乳瓶自体あまり見かけなくなったような気がするけど、よく考えると結構な量だ。血液の比重は一ではないのでちょっといい加減だが、重量にして約四百g。もちろん医学的にはこれぐらい血を抜いたところで全然問題ないのだが、それにしても例えば事故で大怪我でもしない限り、これだけの量の体液を一気に放出する機会はなかなかないわけで、そうしてみると献血というのはちょっぴりエキサイティングな体験のような気がしてくる。体液なんて書くと淫靡ですか。

  午後からは来客との打ち合わせや電話ラッシュで、ほとんど自分の仕事に集中出来なかった。ここ数日続いたハイテンション状態も収まりちょいとダル気味。やはり血を抜いたから精気を取られたか。
  今日は水曜日なのでノー残業で定時上がり。久々に自宅で食べた晩飯のカレーは、味はそれなりに出てはいるけれど少し水分過多気味。これももしかしたら血を抜いたからであろうか。晩飯後に「人間堕落化装置」ことホットカーペットの上でゴロゴロしていたら、すっかり寝入ってしまった。うう、今日こそは気合を入れて「バイオハザード ガンサバイバー」をやろうと思ったのに。疲れているのか。それとも血を抜いたからか。

  ということで、今日の日記もオチがないのは、それはもちろん血を抜いたからである。


02月01日(火)
  今日になればすっかり萎えてダメダメになっていると思われたこの高テンション状態。実に意外なことにまだ続いているのである。高まる就業意欲。ほとばしる技術屋魂。どういう魂だそれは。うーむ、おかしい。変だ。何か悪いものでも食ったかと思い返してみても心当たりなし。まさかかみさんが一服盛ったか。うわっ、ドーピングじゃん。

  今日からいよいよプロ野球各球団がキャンプインした。今年も少ないリソースで苦しい戦いを強いられそうな球団、大金をちらつかせた大型FA移籍で戦力アップに成功したところ、そのとばっちりを食って移籍確実と誰もが思った四番候補に直前でドタキャンをくらったところ(江藤、俺は忘れんぞ)、とまあ十二球団様々事情はあるわけだが、選手にとっては開幕に向けた厳しい練習と、一軍枠をかけた激しい生存競争が始まるのである。

  そう言えば子供の頃、俺は地域の野球チームに入っていた。夏や春の休みに合宿と称して近くの公民館か何かを借り切り、朝から晩まで練習に明け暮れたりしていた。合宿と言っても所詮は少年野球レベルである。もちろん野球の練習はしたし、野球をやること自体が好きだったのでそれはそれで楽しかったけれども、どちらかというと野球以外のもの、例えば皆でカレーを作ったり夜には花火をし、布団を被ってトランプをしたりという方が面白かったような記憶がある。まあ要するに野球合宿半分、キャンプ半分みたいな感じか。
  そういう刷り込みがあったからかどうなのかは分からないが、毎年この時期に「プロ野球キャンプイン」というフレーズを聞くと、どうしても選手みんなで火起こしをして飯盒で米を炊いたり、どでかい鍋でカレーを煮こんだりする様を思い浮かべてしまう単純な思考回路の私だ。実にベタでそのまんまな思いつきだが、松井が慣れない手つきでジャガイモの皮を剥いているそばから、炊き上がったご飯を速攻で食い始める番町・清原、なんて想像するとなかなか楽しい。どうして読売の選手なんだ。夜になるとキャンプファイヤを囲んで今日の反省会。熱く語る石井琢郎の横にはひたすら居眠りする鈴木尚典。寝てると怒られるぞ。
  そんなキャンプだったら参加してみたいもんだ。


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