みくだり日記    2000年05月後半
最新のみくだり日記へ
05月31日(水)
  天気予報通り午後から雨。湿気多し。髪の毛うねりし。

  バンドの公式Webサイトにステートメントが掲載されてからというもの、瞬く間に世界中を駆け巡った「エディ、舌癌の治療中」という報道は、結局誤報だったようだ。 Rolling stone誌のWebサイトの記事によれば、「エディは現在、癌に冒されている状態ではなく、オフィシャルのレポートである『今後の癌予防のためのプログラム』を受けている」としている。CNNの報道でも同様の内容が報じられているので、おそらく信用できると思われる。

  結局今回の騒動は、公式Webサイトに掲載された「癌予防プログラムを受けるために病院に行った」という一文が発端となり、噂が噂を呼び根拠のないデマや尾ひれがついた結果、いつの間にか「エディは癌に罹患している」に刷りかわってこのような騒ぎになったようだ。実際CNNだってつい昨日までの記事では「Rocker Eddie Van Halen receiving cancer treatment」なんて書いているのに、今日には冒頭のように記事が書き換えられていて、あちこちで情報が錯綜し相当混乱していることが窺える。

  騒ぎの発端となったバンドの公式Webサイトは、この件に関する新たな発表はなく、あいかわらず「癌予防の外来臨床試験を開始する予定」という元記事が掲載されたままになっている。確かにデマや噂話が一人歩きしてしまったことはなんともはやだが、でもまあ「癌治療専門病院に外来で行った」なんてのを載せて、それでいて「これ以上の情報は公表できない」なんて思わせぶりな書き方をされたら、誰だって「エディが癌に?」と思うのは仕方がない。混乱状態にあるのはわかるが、しかし情報は正確で、信頼性の高いものを提供してほしいものである。オフィシャルサイトともあろうに。

  童顔で、ステージ狭しと暴れまくる若々しいイメージからすると信じられないが、エディ氏もいつのまにか四十五歳。もうそんな歳になったと知って驚いた。また相当のへヴィ・スモーカーであると聞く。年齢、生活習慣からいくと、確かに舌癌になってもおかしくはない。とりあえず誤報ということで一安心だが、せいぜい体には気をつかってもらって、またあの素晴らしいギタープレイを聞かせてもらいたいものである。
  ところで新しいアルバムっていつ出るんだろうか。新加入のヴォーカリストって、やっぱりデイヴ・リー・ロスなの?


05月30日(火)
  朝から雲一つない快晴。青い空が寝不足の目に眩しい。照りつける太陽に熱せられて気温はぐんと上がり、朝十時現在でいきなり摂氏二十九度である(車載外気温計による)。アスファルトの遥か先にゆらめく陽炎。 暑い。すでに清々しいをとっくに通り越して、とにかく暑い。これで四日連続の夏日(最高気温が摂氏二十五度を超えた日)だそうだが、もうホントに、すっかり夏である。
  今日は気温もともかくとして、湿気もかなり上がっているようだ。うねる俺の髪の毛が、無言でそれを証明している。

  本格的な夏の前には鬱陶しい梅雨がやって来る。湿る大気。さらに渦巻く髪。今のうちに、いっそ五厘刈りにでも、って毎年同じことを考えとるなあ。

  アメリカン・ハードロック(死語か?)の大御所「VAN HALEN」のギターリスト、Edward van halenが、がんの治療を受けているらしい。バンドの公式Webサイトによると、「Eddie氏はテキサス大アンダーソンがんセンターのoutpatient(いわゆる外来だろうか)を訪れ、がん予防の外来臨床試験を開始する予定。これ以上の情報は現時点では公表できない」とのことだが、別のサイトの情報では「舌がん」らしい。

  ヴォーカリストの脱退や、ステージ上でのジャンプのし過ぎで痛めた股関節の治療のために、最近はあまり目だった活動をしていなかったエディ氏だが、ううむ、まさかこんなことになっているとは。新しいヴォーカリスト選びもそろそろ終わって、新アルバムのレコーディングでも始まるかと思っていたのに。ともかく、治療に専念して無事復活してほしいものだ。


05月29日(月)
  月曜日。週の始まりはいつもテンションが低い。半ばも終わりも大して変わりはしないが。

  気分が乗らないと体調も悪い。ここのところ実に快調だった腹具合も、今日に限っては最悪に近い按配である。
  腹具合が悪いついでに皮膚の調子も悪い。もしかしたらなにかにカブれてしまったのかもしれないが、ふくらはぎから足の甲にかけて蕁麻疹状の班がポツポツと出来て、これがまた非常に痒いのである。これまでアレルギーや湿疹などとはどちらかというと無縁に近いだった俺、こういうものが出来るのは稀なのに。しかも悪いことにいくつかの班は臀部から太ももの裏付近に発生しやがった。いくら厚顔無恥な俺といえど、人前でケツをボリボリ掻くのはさすがに憚られるのである。出来るだけ我慢して掻かないようにしているのだが、痒いものは痒い。ああ痒い。うう痒い。うああ痒いいぃ。

  体調が悪いとPCの調子も悪い。ここのところ実に快調だった会社のPCも、今日に限っては最悪に近い按配である。
  メーラやテキストエディタなどいくつかのアプリケーションを立ち上げながらInternet Explorer(IE)でWebを見ようとすると、ほぼ五分に一回の割合でPCがフリーズするのだ。おなじみの「システムリソースが云々」というダイアログは表示されないが、どうせまたWindowsのメモリリークかなにかだろうと思いPCを立ち上げ直してみるも、症状は全くかわらない。そうこうしているうちに今度はいくらやってもIEが全く立ちあがらなくなってしまった。その道連れなのか知らないが、Explorerさえもうんともすんとも言わない。

  おいおいどうしちゃったんだよゲイツ君、なにがそんなに気に入らないのだ君は。おーけーおーけー、あくまで我侭を通すつもりだな。そうかいそうかいそういうことかい。いいかビルや、よくお聞き。俺は今日非常に機嫌が悪いのだよ。あんまり言うこと聞かないとディスク丸ごとformatしちまうぞ。ついでにfdiskでDOS領域完全消去のオマケもつけてやる。

  さんざん調べてみた結果、結局原因はウィルスチェッカーとIEの相性らしいとわかったのだった。ウィルスチェッカー自体は随分前にインストールだけはしてあったのだが、いろいろあって起動することなく眠らせておいたのだ。ところが先週末に突然思い立ってスタートアップ起動に設定したのが運の尽き。今日から動き出したウイルスチェッカーとIEとが見事にコンフリクトを起こし、そのせめぎあいでPCが発狂してしまったということである。実世界ではどうだか知らないが、ピーター・ノートンとビル・ゲイツは少なくとも俺のPC内部では非常に仲が悪いらしい。ほんとにさ、頼むから仲良くしてくれ。お願いだから俺の一時間を返してくれ。

  それにしても今日は本当に痒かったり仲が悪かったり、そんな一日なのだった。ボリボリ。


05月28日(日)
  昨日は会社から帰って晩飯を食ったあと、ごろっと一眠りのつもりで横になったらそのまま完全に寝入ってしまったのである。で、今日起きたら昼の一時。確かニ十一時ぐらいまでテレビを見ていたようなうっすらとした記憶があるから、都合十六時間寝ていたわけか。
  十六時間である。我ながらよくもまあこれだけ寝られるものだと思うが、やはりそれだけ体が睡眠を欲しているということなのだろうか。なにせその間一度も起きることない完全熟睡だったもんなあ。まあこれで普段の四日分の睡眠を一気に取ってしまったわけである。だからといってこれから先一週間寝ないですむってわけじゃないけど。

  夜にNHK BS2でやっていた「ムトゥ 踊るマハラジャ」を鑑賞。確かこの映画は一昨年の作品だったと思うが、日本で公開されるや一躍話題となり、インド映画ブームの火付け役として大きく取り上げられたことは記憶に新しい。以前から見てみたいとは思っていたものの、なかなかその機会がなく今に至っていたのだが、今日の新聞の番組欄を何気なく見ていたらBSで放映されることを知り、早速見てみたというわけだ。

  細かいストーリーは省くが(というより大したストーリーらしきものはないのだが)、まあとにかくムチャクチャである。ムチャクチャなのだが、しかし圧倒的なパワーとバカバカしさで三時間超の長丁場をちっとも飽きることなく一気に見てしまった。グラマラスなインド美女との恋愛あり、香港映画顔負けのアクションあり、名作 「ベン・ハー」を思い起こさせる馬車同士の乱闘シーン、そして唐突に挿入される歌とダンスありと、世界でも五指に入る規模の映画産業を誇るインド映画の底力を思い知らされる。

  この映画の主人公のラジニという役者は、なんとなく吉幾三を彷彿とさせる容姿にコントのようなオーバーアクション、暑苦しいほど押しつけがましいニカっとした笑顔など、どちらかというと三枚目のオヤジキャラ大爆発といった気がするのだが、しかし本国インドでは大スターなんだそうだ。まあそう言われれば踊りのシーンではとても五十前とは思えないほど腰の切れはいいし、歌もなかなか上手そうではある。腰に巻く布を使った独特のキメポーズも、きっとこれはこれで効果的に使われているシーンなのだろう。日本人の目からするとギャグにしか映らないが、「もしかしたらこれがカッコイイのか」と無理やりにでも思わせてしまうところがインド映画の凄いところなのかもしれない。

  対して女性陣は、とにかく皆がみなナイスバディでグラマラスな美女ばかり。特にヒロインのミーナなる女優は、彫りの深い顔に黒目がちな大きな目が印象的だ。常にちょっと上目使いなのがポイントだろうか。ちょっとお腹のあたりがぽってりとはしている気がしないでもないが、しかし見事に均整のとれたスタイルは、いかにも絵に描いたインド美女そのままという感じである。ダンスシーンでクイクイと切れよく動く腰が、妙なエロティシズムを感じさせる。まあちょっとくどいような気はするけど、確かにゴージャスな美人である。この人もきっとインドでは人気の女優なんだろうな。

  そういうわけで「ムトゥ 踊るマハラジャ」、噂にたがわずかなりおもしろい映画ではあった。日曜日の夜に何も考えずただ大笑いするには最適である。ところでなんでもパート2が制作されているそうだ。きっとまたストーリー無視のダンスシーンが延々と続いているとんでもない内容の映画に違いないが、なんとなくそれも見なければならないような気がしてならないのである。恐るべし、インド映画の魔力。


05月27日(土)
  ということで、今日も休日出勤。週末完全オフ化計画はやはり無理があったか。仕方なく大人しく仕事。

  今日は先日の香港旅行で買ってきたTシャツを着ていった。このTシャツは色が黒で、左胸には仏陀のプリントがワンポイントとして施されている。香港島の中環(セントラル)にある「上海灘(シャンハイタン)」という雑貨洋服屋で、確か100HKD(約千六百円)で買ったもの。こんなやつだ。

心霊写真ではない 仏陀拡大

  シンプルだがなかなか出色のデザインだと思う。
  ところがこのTシャツを見た隣の席の後輩Jは、開口一番こう言ったのだった。

  「ハマダさん、それってう○こ柄っすか?」

  まったく、神も仏もない。


05月26日(金)
    もしかしたらと淡い期待をしていた今週末二日連続完全オフの目論見は、予想していたようには仕事が進まず、結局明日の土曜日出勤であえなく露と消えてしまった。ううむ、やはり駄目だったか。来週の水曜日から金曜日にゴールデンウィークに出勤した分の振替休日を取って、土日もからめて一挙五連休!という計画も、このままいけばおそらく不可だろう。

  ああ、休みがあったなら。いいかげん洗車もしたいしこのWebサイトの模様替えもしたい。せっかく導入したLinuxもインストールしたままほとんど手付かずだ。家の掃除や自転車の整備もやりたい。読みたい本も、聞きたい音楽も山ほどある。やりたいことはいっぱいある。なにせそれらをやるには、まとまった休みが、自由な時間が不可欠なのだ。

  しかるに今の生活は。加速につぐ加速。ギリギリ綱渡り。スピードを上げて後方に流れさる時間の飛沫。目前の障害物をけちらすほどの勢いで加速度に乗って無尽に疾走しているその時は、猛烈に回転し続ける車軸が折れかかっていることに気付かない。加速度だけの毎日じゃ、いつか足元から崩壊する。単位時間あたりに到達した距離を時間で微分すると速度が割り出せる。さらに速度を同じく時間で微分すると加速度が得られる。そうか。積分して、もう一度積分して、時間を取り戻そう。

  …で、なに?洗車?そんなもんダルくて眠いのに誰がやるかって。Linux?いいじゃん、インストールだけはしたんだから。X-window見てると眠くなるんだよなあ。音楽聞いたら眠くなるし本なんか読んだらなおのこと。
  って結局のところ、なんの予定もない休みがあった日にゃひたすら寝て暮らすだけなんですけどね。ああ駄目人間。駄目人間ばんざい。


05月25日(木)
  今日は某半導体系商社ではなく普通に会社に出勤。二日続いた缶詰・軟禁状態から、しばしの解放である。着替えて自分のデスクに座ると、机の上は書類や回覧物の山。PCを起動すればメールの山。ディスプレイの端っこにはどこかから電話がかかってきたとのポストイットの山。山、山、山。思わず「や〜まだ〜」とドカベンの岩鬼正美の口調で意味もなく呟いてみたり。たった二日間席を空けただけなのに、世の中の針は勝手に回っている。

  昨日の昼頃県内を襲った雹は、各地で大きな被害をもたらしたそうだが、俺を雇用する会社の周辺でもその猛威をふるった。隣の自動車販売店では降り注いだピンポン球大の雹のおかげで展示してあった車のボンネットはボコボコ。看板のところどころに穴があいたり事務所の窓ガラスが割れたりと散々だったらしい。
  当然俺を雇用する会社にもそれなりの被害が出、建物の屋根に穴があいて雨漏りするわ(雹ぐらいで簡単に穴があくヤワな構造も問題のような気がするが)、駐車場に置いてあった従業員の車も外装がボコボコになるわで大騒ぎだったそうだ。雹が降った時間はほんの十分程度だったそうだが、あまりに突然のことで成す術もなかったとのこと。まあなにしろ空からピンポン玉の大きさの氷の塊が降ってくるのである。下手に外に出たりしたら自分の身が危ない。

  とまあ大変なことになっていたのであるが、しかしこういうときに悪運を発揮するのが俺である。普段通りに会社まで車で行っていたら、我が愛車は憐れ雹の餌食になっていたはずだが、なにしろ昨日はたまたま外出だったのだ。だから当然まったく被害はなし。しかも会社から十キロメートルほど離れた自宅周辺は幸運にも雲の通り道ではなかったようで、通り雨は降ったものの雹が降るまでには至らず、車も家も損傷なし。ラッキーだった、と言っていいんだろうか。

  ま、たまには外出もしてみるもんである。でもなあ、そんなに雹が降るところなんて滅多に見られるもんじゃないからなあ。出来れば見てみたかったもんだ、なんて不謹慎ですかそうですか。


05月24日(水)
  今日も朝から某半導体系商社のデザインルームに缶詰である。昨日の日記では調子の良いことばかり書いたような気がするが、その実、なかなかバグが収束しなかったりする。ううっ、早く全部つぶしてすっきりしたい。早く楽になりたい。早く人間になりたい。

  午後遅く、ふいに時間があいたので、このあたりに来たついでとばかりに少しだけ外を歩いてみることにした。狭い部屋に日がな一日篭っていたら息が詰まりそうになる。なにしろ外は良い天気である。青い空から降り注ぐ明るい光に暖められて、気温はかなり上がっているだろう。
  外に出ると、道行く人は皆軽装である。これからどこかに営業に行くスーツ姿のサラリーマンも、郵便局か銀行かお使いに行ってきた帰りの制服姿のOLも、みな重い上着を脱いで日差しの中を歩いている。白いワイシャツに光が反射して眩しい。

  それにしても本当に良い天気である。暖かいを通り越して暑いぐらいだ。しかし気温が高くても湿度が低いから、真夏のうだるような不快感は微塵もない。だが空から照りつける日差しにはすでに夏のそれに近い匂いがする。冬から春へ。そして初夏へ。気がつかないうちにひとりでに季節は進むのだよなあ。人として、やはりたまにはこうやって外に出ないといかんのだ、きっと。

  某半導体系商社がある場所は地下鉄の小伝馬町からほど近いところで、このあたりから現在の日本橋兜町に続く一帯はかつて武家屋敷が並んでいて、いわゆる江戸の中心街だったところである。小伝馬町から一方通行路の人形町通りを水天宮方面に歩くと、そこは道の名の通り正に人形町である。現在の人形町はオフィスビルが立ち並び、それらオフィス街から来る客を収容する飲食店の多く立ち並ぶ町となっている。しかしかつてはここに「吉原」があった。吉原とは時代劇などでお馴染みの、江戸における唯一の幕府公認の遊郭のことである。

  ここが吉原だった時代、かつては街をぐるりと塀が囲み、その塀の外にはどぶ川が流れていた。番屋には吉原の警戒にあたる忘八者と呼ばれるヤクザたちが詰めている。奥には数多くの女郎が住み、訪れる客たちに春を売る。大抵は経済的な理由から身を売るはめになった女性たちで、売られたときの額によって何年もあるいは十何年も、中には一生涯を吉原で客をとって過ごす。着飾りめかし込んだ姿とは裏腹に、長く辛く夢も希望もない年季奉公なわけである。人々はその生活を「苦界」と称して哀れんだそうだが、しかし買う者がなくては成り立たないのが商売である。そういった意味では人の世の因果の極みとも言える商売なわけである。

  もちろん現在の人形町には当時の面影など微塵もないが、その昔、ここにこうして立っていたならば、目の前には赤格子が並び、その中には妖しげな着物姿の遊女達。俺の周りにはそれを物色する小金持ちたちが闊歩していたのかもしれないなどと想像してしまう。

  男と女の秘め事は、いつの世も金と欲望のせめぎあい。触れれば壊れる砂上の楼閣である。時が移ろい吉原が別の場所に移動し、そして女郎小屋がインテリジェントビルに変化しても、楼閣の上でやることは基本的に同じこと。諸行無常とはこういうことか。

  って、俺が諸行無常にならんように、とっとと帰って仕事の続きだ。


05月23日(火)
  今日は朝から都内の某半導体系商社に外出。普通はもちろん電車で通うことになるのだが、今日は会社から開発ツール一式を運び込むために車で御出勤である。一応渋滞を見こんで少し早めに出たのだけど、京葉道から首都高に至るあたりまでは概ね順調だったものの、高速を下りて都内の一般道に入ったとたんに大渋滞に巻き込まれてしまった。
  おまけに目的地の建物は「地獄の一方通行地帯」のど真ん中なのである。ようやく渋滞を抜けて到着までもうほんのすぐというところで、まるで迷路のような一方通行の標識に阻まれてなかなか到達できないのだった。何度も何度も周りをぐるぐる回ってやっと辿りついたときには結局遅刻である。まあ今日は時間通り厳密に出勤しなくてもいいから良かったものの、朝からこれじゃすでにやる気なしモード。もっともちゃんと道を下調べしていかなかった自分が悪いんだけど。

  そんなことがあった割には肝心の仕事の方は順調至極、と言ってぐらい快調に進むのだった。先週香港旅行前に徹夜で作りこんで出しておいた回路は、昨日から始まったシミュレーションで大きな障害もなくスイスイと検証用テストパターンを飲みこんでは期待通りの値を吐き出していく。いくつかある細かいバグも、大してリソースを食うことなく修正できそうだ。先週あたま頃の大ピンチ状態が嘘のようだ。正に捨てる神あれば拾う神あり(←用法間違ってます)。この調子で行けば、来週末にはゴールデンウィークに出勤した分の振り替えが取れるかもなあ。
  まあこういうことは過度の期待や楽観視をすると、往々にして結局ロクなことにならないのであまり期待しないことにするが、ううっ、でもいいかげん休みたいっすよ俺だって。もう何ヶ月まともに土日を休んでないことか。って、先週香港行ったじゃんかという突っ込みは無しとして。

  開幕から負けつづけること七連敗。すっかり往年の「横浜大洋銀行」状態復活である。ううむ、なんで勝てねえかなあ。

  もっともこれしきのことで腐っていたら到底大洋ファンなんかやっていられないのだ。現実を素直に受け入れ、大らかな心で全てを受け入れてこそ真のファンたる姿である。すこしぐらい連敗したからって、同一カードにさっぱり勝てなくたって、そんなものは大した問題ではない。たまにしか勝たない(あるいは勝てない)からこそ、たまに勝ったときの喜びも大きいというものだ。

  しかしそれにしたってモノには限度というものがある。堪忍袋の尾だっていつかは切れるってもんである。そういう時にはやはりどこかで鬱憤を晴らしたり恨みつらみをテキストとして書き綴ったりすると少しは気が晴れるってものだから俺の精神安定を維持するためにあえてこうして書かせてもらうとするとせっかく今期初めて二点先行したのにどうしてあそこでホームランなんか打ちやがるんだ江藤貴様には情けってもんがないのかそもそもお前FAで横浜に来るとかぬかしておきながら結局はこれかよこういうことかよああそうかいそうかいそうですかいよくわかりましたよ今度から夜道を歩くときは暗がりに気をつけろそれから佐伯お前は良いところで出番がまわってくるくせにいつもいつも何の芸もない大振り凡打の山でチャンスをぶち壊しやがってお前なんかファームへ行け湘南シーレックスへ行ってしまえいやそれよりも大阪へ帰れ大阪でテキ屋でもやってろ柄の悪くて守銭奴の貴様には野球選手なんかよりそっちのほうがお似合いだそれと島田貴様もボール先行でカウントを取りに行くストレートを打たれるって毎度おなじみのパターンを何回繰り返せば気が済むのだお前には脳みそがないのか記憶ということが出来んのかまったく毎回毎回おんなじところに同じ速さの球を何度も放ってりゃ読売の頭の悪い打者だって打てるに決まってるだろうがそんなもんバカでも打てるぞなんなら俺が打ってやる貴様のヘロヘロ球なんかこの俺様が打ち返してやる打ち返して貴様のどてっぱらに穴でもあけてくれるそれからもう一言いっておくがだいたいお前はやる気があるのかホントにあるのかないのかあるのかさっぱり分からんとぼけた顔してやる気がないならお前も帰れ故郷の茨城に帰ってしまえしかしどうして勝てんのだなんで勝てんのだ他ならまだしも読売にだけは勝て頼むから勝てどんなことをしても勝ってくれああくそうどいつもこいつも覇気のないシケたツラしやがってみんなやめちまえ野球なんてやめちまえばかやろーばかやろー大ばかやろおぉぉ、ということで明日も期待しないでおく。


  
05月22日(月)
  昨日はちゃんと日記を更新したつもりだったのに、何故か書きかけのファイルをアップしてしまったようだ。せっかく帰りの空港と飛行機の中で書いたってのに。ううむ、やっぱり頭がボケていたのか。食い過ぎで。

  それにしても今回ほど「今、自分がそこにいる」という実感のわかない旅行もなかった。まあなにせ旅行出発直前まで徹夜で仕事をして、気がついたら香港にいたのである。一睡もしないまま飛行機に乗って、死んだように寝て、スチュワーデスに叩き起こされて飯食って、食い終わったらさらにまたちょっと寝て、そして気がついたら香港だもの。そりゃあ実感もなにもないだろう。これを書いている今も、ほんの数日前に自分が海の向こうにいたなんて信じられない。まるで夢の中の出来事のようだ。

  で、明けて月曜日。いきなり現実のブラックホールは、容赦なく俺を飲み込むのである。
  徹夜で修正したカスタムチップ回路のシミュレーション結果が今日帰ってきたのだが、一応は大きな問題はなかった。なにせ徹夜の突貫工事で設計しなおしたもんだから、もしかしたらとんでもない大ボケをカマして大変なことになったらどうしようと内心ビクビクしていたが、ひとまずは安心。
  だがまだ細かい不具合がいくつか残っている。これらのバグを潰すために、先週同様、明日は某半導体商社でまたまた缶詰。今度は会社の開発ツールを持ちこんでの作業になるから、車で都内まで行かなくては。ううむ、また早起きだな。まあこれが最後のツメである。是非とも一気に行きたいもんだ。

  今日かみさんに言われて気がついたのだが、お肌の調子がとても良いのである。旅行に行く前は猛烈な睡眠不足と貧しい食生活からくる栄養の偏りからか、顔が脂ぎって顎下や額に吹き出物がいくつか出ていたのに、言われてみて鏡をのぞくと、おおっ、確かにすっかり消えている。目の下に出来た薄黒いクマも取れ、血色も随分と良くなったような気がする。まああれだけの不規則な生活リズムから一気に栄養一杯、運動一杯の日々を過ごしたのだから、血色ぐらいは良くなるだろうなあ。魔法の指でマッサージもしてもらったし。

  ううむ、出来ればこの状態を維持してこのまま健康状態でいたいものだが、そうも言っていられない現実が悲しい。せめて香港で買ってきたお茶でも飲んで頑張りましょうかね。


  
05月21日(日)
  香港最終日。二泊三日の旅行なんてあっという間で終わってしまう。

  ホテルから歩いて九龍公園の中を歩くと、さすが朝だけあってあちこちで太極拳をやっている。見た目にはほとんど動きがなく簡単そうに見えるのだが、やってみると結構全身の筋肉を使うそうで、そう言われれば太極拳の型を練習しているおじさんやおばさんは皆細身だが背筋がしゃきっとしているのである。日本でもそれなりに市民権を得ている太極拳だが、俺も健康のために始めてみようかなんてちょっと思ったり。体も柔らかくなりそうだよなあ。

  尖沙咀(Tsim sya tsui)にあるお粥屋で朝飯を食べた後は、またまた念願の足裏マッサージである。ここのところの激務で疲弊しまくった体を、足の裏からほぐしてもらおうという算段だ。
  昨日街なかをフラフラしながら目星を付けていたネイザンロード沿いにあるマッサージ屋に行き、チャイナドレスの切れこみが実にせくしいな受付の綺麗なおねいさんに通されて、随分と使いこまれた安楽椅子に寝転がらされた。マッサージの開始である。俺を担当したのは齢五十才前後の女性按摩師。香港でも年を取った人は英語が通じないこともよくあるのだが、このおばちゃんはとりあえず英語を話せるようで、いきなり広東語で話し掛けられたらどうしようかとビビっていた不安も解消である。

  足の裏の消毒と保温効果で血の巡りを良くする目的で、漢方薬を浸したウーロン茶みたいな色のお湯に足を漬けている間に肩と頭のマッサージからスタート。足裏だけかと思っていたのにこれは大変ありがたい。
  お湯に浸した足がポカポカしてきた頃に、いよいよ足裏マッサージの開始だ。中には木の棒でゴリゴリ押すタイプのマッサージもあるらしいが、ここはあくまでも指を使う系だ。おばちゃんの少し節くれだった指の感触がなかなか気持ち良い。あまりの気持ち良さに意識が飛んで、すっかり眠ってしまった。

  やがておばちゃんが俺に呼びかける声で目が覚めた。以下は会話の内容である。途中聞き取れない部分もあって多分に推測も入っている。

  「ほれほれ、ここだよここ。ここをちょっと強く押すと痛いだろう」
  「ううっ。痛い。痛いっすよおばちゃん」
  「お前さん、かなり疲れてるだろ?」
  「いやなにせ最近仕事が忙しくて。休む暇もないぐらい」
  「そうだろう。ほら、ここが肝臓、それからこっちが腎臓。だいぶダメージをくらってるねえ」
  「でもやっぱり分かるもんなんだなあ。でもどうして押すだけで分かるの?」

  するとおばちゃん、ニヤリと笑いながら、
  「私の指には魔法がかかってるからね」

  古より脈々と受け継がれてきた人体への洞察。黙って座ればピタリと当てる。指圧の心は親心。
  恐るべし、中国四千年の歴史。

  マッサージの後は街中をブラブラ。魔法の指を持つおばちゃんのマッサージのおかげで、体はすっかり爽快である。歩く足取りも心なしか軽いような気がする。その後は今日も買い物にいそしむかみさん達と合流して、ホテル近くの麺屋で昼飯。牛肉からダシを取ったと思われるあっさり味のスープが、細身の麺と牛肉のミートボールに良く合うのである。

  そういうわけで、今回の香港旅行はこれで終了。「食い倒れツアー」の名に恥じないぐらいにひたすら食いまくり、そしてよく歩いた旅行だった。ここのところのひどい生活サイクルから一転、すっかり健康体に復活である。まったくと言って良いほどほとんど買い物もせず、何かを食ってるかあるいは歩いているか以外には何もしなかったような気がする今回の旅行だったが、これはこれでまたよし。短いなりに十分に香港を堪能することができたのである。
  きっとまたいつか、福建炒飯と麻婆豆腐を食いに来よう。


05月20日(土)
  香港二日目。今日も一面に雲が立ちこめる空模様である。だが昨日と比べると雲は薄く、時折日差しが差し込んでくる。また雨がぱらつくことはあるかもしれないが、本降りにはならなそうな感じだ。せっかく昨日慌てて傘を買ったのだけど、まあ使わないにこしたことはない。裏地に龍の模様が入った(しかもトグロを巻いた姿が年号の『2000』の形になっている)、いかにも香港というか、相当ファンキーな柄の傘だったから是非使ってみたかったけど。

  今日はまずは九龍島から中環までスターフェリーで海を渡って、そこから二階建てトラム(路面電車)で銅羅湾へ。地下鉄の駅からほど近いところにある三越の二階に入っている飲茶屋が目的地である。実は前回香港に来たときにはなんだかんだで飲茶を食べることが出来なかったので、これが初の飲茶体験だ。
  席に着き、さっそく注文である。点心や揚げ物などを満載したワゴンをガラガラと引いたおばちゃんが席の周りを巡回しているので、適当に呼び止めて中身を見せてもらう。それにしてもどれも美味そうである。シュウマイや海老餃子、ニラ入り肉饅頭といった定番メニューに加えて、フカヒレスープ仕立ての水餃子などもあって、いったいどこから食えばいいのか迷うほどである。とりあえず適当に選んで次々とテーブルに並べてもらう。焼きもの系は素材を指定すると焼いてすぐに持ってきてくれるから、出来立てをすぐに食べられるという寸法だ。

  飲茶の後は別行動。買い物に余念のないかみさん達と別れて、俺は一人で香港探索である。香港島の付近にはあまり興味がないので、再び地下鉄に乗って九龍島へ戻り、とりあえず旺角(Monkok)に行ってみることにした。確か地下鉄の駅からネイザンロードの反対側に道を二本ほどすぎたあたりに電脳街(パソコンパーツ屋街)があったはず。PCパーツマニアの俺が行かないわけにはいかんだろう。
  ということで、地下鉄の駅から地上に出た俺は、電脳街を目指して歩き始めたのである。地図を持っていないが、記憶を頼りになんとか辿り着けるだろう。

  と思ったのが甘かった。看板の洪水にまぎれて、いくら探してもどこだかさっぱり分からないのである。ううむ、やはり場所ぐらいちゃんと調べて行くべきだったか。

  仕方がないので、特に目的もなくメインストリートから数本入った金物屋や仏壇屋が並ぶ道をブラブラと。このあたりは怪しげなパチモンまがいの品を売る電気屋や、シートに品物をただ並べただけのマーケットがあちこちの道路を埋め尽くしていたりして、実に雑多な雰囲気だ。やけに近代的で小奇麗な香港島に比べると、こちらはいかにも絵に描いた香港のイメージ通りの街並みである。
  さんざん歩いていいかげん疲れたので、果物屋の軒先で売っていたフルーツジュースを買い、座れる場所を探して公園に入ってみると、おじさん達の人だかりがする。どうもラジオで競馬中継を聞いているらしい。今日は土曜日だからハッピーバレーで競馬が開催されているのだろうか。レースが佳境に入るたびに、おじさんの群れから興奮した歓声が上がる。首尾よく買った馬券が当たったのか、嬉しそうに満面の笑みを浮かべる人の横で、苦虫を噛み潰したように渋い顔で佇むおじさんがいたり。人生の悲哀は万国共通である。

  モンコックから地下鉄三駅分の区間をあちこち冷やかしながら佐敦まで歩き、その後買い物組みと合流して、今度は地図で深水捗(Sim shui po)にある電脳街の場所を確認した後、再び一人地下鉄で北上である。ううむ、こんなに地下鉄に乗るならオクトパス(プリペイドカード)を買っておけば良かった。

  電脳街はまるで秋葉原のラジオデパートのような感じで、ビルの何階かに渡って軒先三メートルぐらいの小さな店がびっしりと入っており、主に台湾大手メーカのブランド品から実に怪しげなパチモンまがいの激安パーツまで、ありとあらゆるPCパーツがここにくれば一通りそろう。PCパーツ以外にも、ゲームソフトやVCDがたくさん売られているのだが、中には日本のドラマやアニメをダビングしたVCD(ビデオCD)を何枚も集めてパッケージにした、どこをどう考えても海賊版だろそれは、というものが堂々と売られていて、見て周るだけでもえらく楽しい。今日は土曜日だからか、建物の中は通勤ラッシュ時の山手線並の物凄い人出である。
  せっかく来たのだから何かパーツでも買って帰ろうかと物色してみたのだが、値段を見て日本円に換算してみるとだいたい秋葉原価格よりも若干高めといったところか。うーむ、これならわざわざここで買わなくても日本で買ったほうがお買い得だよなあ。せっかくUSB I/FのコンパクトフラッシュカードリーダとLinuxで動くサウンドカードを買おうと思っていたのに。何年か前までは香港マーケットにパーツを買い出しに行くツアーが流行ったものだが、やはり今は香港にとってかわって秋葉原が世界で最もPCパーツの安い街になったのか。

  今日の晩飯は特にこれといって決めていなかったので、旺角で適当に美味そうなところを探して歩いてみると、客がたくさん入って活気づいている広東系大衆料理屋が目にとまった。さっそくここに入り、メニューに書いてある漢字から類推して適当に「パクチー(香菜)と魚のスープ」、「牛肉とモヤシの炒め物」、「麻婆豆腐」、それと「排骨(パイコー)山盛り」をチョイス。この選択が大当たりである。特に麻婆豆腐が絶品。実は今まで麻婆豆腐ってどうもベチャベチャしてあまり好きではなかったのだが、これを食ってしまうと俺が今まで食っていた麻婆豆腐は、実は麻婆豆腐のふりをした別物だったのか、と思わずにいられない。これならいくらでもご飯が食べられる。福建炒飯と並んで「香港美味いものリスト」の最上段にリストアップである。
  ちなみに大衆食堂だけあって値段もメチャクチャ安い。四人で山盛り三品にご飯を追加して、全部で170HKD。一人頭六百円ぐらいか。安過ぎである。

  今日は一日よく歩いて、そしてよく食った。一ヶ月分の運動と食事をこなしたような気がする。


05月19日(金)
  キャセイパシフィックでの香港までのフライトは至極快適である。徹夜明けで飛行機に乗って長旅とはどうなることかと思ったが、運良く通路側の席が取れたので、噂に聞いていたエコノミー席全てに標準装備された液晶ディスプレイ(前の席の背後に装着されている)で映画を見るか機内食を食べる時以外はとにかくひたすら寝る。約三十時間ぶりとなる睡眠への欲求は、たとえ飛行機の爆音であってもそれを邪魔することはできないのである。

  俺達を乗せた機は順調に飛行し、ほぼ定刻通りに香港国際空港に到着。そういえば前回香港に来た五年前はまだ啓徳空港が香港の空の玄関だったのでこの新しい空港を利用するのは初めてなのだが、いやまあとにかく馬鹿でかい空港である。ヨーロッパやアメリカ、日本などから東南アジア諸国へ向かう時のハブ的役割を為す空港だから、トランジットを含めて利用客も経由する飛行機も多いのだろうけど、それにしたってでかい。飛行機の到着口からイミグラ、税関を通って空港の外に出るまで延々と歩き通さなければならない。以前ドイツに仕事で行った時に、帰りのルートで通ったイギリスのヒースロー空港もその広さに驚いたけど、ここも大きさならヒースローと良い勝負かもしれない。

  空港から香港市街地まではエアポートエクスプレスで約二十分。この電車も新空港が出来たときに新しく引いた路線だそうだが、新しいだけあってこちらも実に快適である。広々とした車内とゆったりな席はまるで成田エクスプレスを彷彿とさせる。ちなみに空港から九龍までの値段は$60(約1000円)。香港の交通機関としては割と高めの値段設定だが、それでも快適さなら納得できよう。
  九龍でエアポートエクスプレスを降り、無料のシャトルバスで地下鉄の佐敦(Jordan)駅から歩いて数分のホテルに着いたのが午後三時半。近いよなあ香港。日本を出てからほんの数時間で到着だ。七、八時間前までは会社の自分の席で仕事をしていたっていうのに。

  とにかく、ついに香港だ。今日の朝まで徹夜で仕事をして、死にかけ状態でそのまま飛行機に飛び乗り、寝てる間にいつのまにか着いていたから全く実感はないが、なにしろ香港である。一時は旅行断念も覚悟した香港。俺は今、猛烈に感動している。

  チェックイン後、さっそく香港市外に出てみる。天気は雨。今は雨季なので雨に降られることは覚悟していたが(そのくせ傘は用意してこなかった)、いきなりである。まあ雨といっても小雨程度だから大した支障はない。天気は悪いが気温も湿度もそれなりに高い。上半身はTシャツで十分だ。

  地下鉄に乗って香港島側に渡り、とりあえず中環(Central)付近をウロウロ。この辺りは超高層ビルが建ち並ぶオフィス街で、今日は金曜日とあってネクタイを締めた会社員やOLが闊歩している。地元の香港人サラリーマンに交じって、金髪系欧米人の人口密度も高いような気がする。外資系企業も多いからかな。

  中環から再び地下鉄に乗って銅羅湾(Causeway Bay)に移動。いよいよ今日のメインイベント、福建炒飯を食う時がやってきたのである。目指す店は「太湖(タイウー)」なる海鮮料理屋。ここは店構えとしてはそこそこ大きいのだがあまりガイドブックにも乗っていない、どちらかというと現地人御用達の店らしい。そんなところをなんで知っているのかというと、実は数年前まで香港に赴任していた高校時代の友人に教えてもらったのだった。前回香港に来たときに、とにかくここの福建炒飯を食ってみろと言われて食べたところ、あまりの美味さに卒倒しそうになった。以来その味が忘れられず、次回香港に来たときは絶対もう一度食おうと思ったいたのである。それから五年。ようやくその念願がかなうときがやって来た。

  で、再び食べることができた福建炒飯の味、とは。とてもじゃないが俺の稚拙な文章力ではその美味さを言葉にして書き切ることなんて出来やしませんがな。死ぬほど美味いとしか言えません。
  じゃあ死ね?それなら本望。


05月18日(木)
  結局今日(十八日)は都内の某半導体系商社を出たのが夜の二十一時すぎであった。朝十時の飛行機で香港へ向かうため、明日は一日会社を休むことにしてある。予定では今日中に仕事は余裕でけりがついた後で、悠々と香港旅行を楽しむはずだった。
  だが予定はあくまでも予定なのである。結局余裕でけりがつくどころか仕事はたまる一方。昨日、そして今日と缶詰状態で頑張ったものの、どうしても明日の夕方までに終えておかなければならない仕事が残ってしまったのだった。

  そういうわけで某半導体系商社から帰宅したあとすぐに着替えて会社へ。ううっ、まったくなんだってこんな時にこんなことに。と嘆いていても仕方がないのである。二十二時半に会社に入って、それから誰もいないフロアでひたすら回路デバックとコーディング。途中何度かめげて香港行きを諦めようかと思ったりもしたが、なんとか思いとどまり俺はひたすら頑張った。ええ、頑張りましたとも。
  そしてようやく全てが終了したのは、朝もすっかり明けた朝の五時半。結局また徹夜してしまったか。しかも旅行の前日に。これから急いで家に帰り、支度を整えて電車に飛び乗ればぎりぎりで飛行機に間に合う。正に綱渡りである。自転車操業状態である。
  それにしても腹減ったなあ。そういえば昨日の朝からなんにも食ってなかったような気がする。やれやれ。

  ということで、これは成田の搭乗ゲートで書いているのである(すでに搭乗が始まっているので慌てて書いている)。これから俺は機上の人となり、そしてフライトが順調ならば、今から数時間後には前回訪れてから五年ぶりとなる香港の地を踏んでいるはずだ。福建炒飯が俺を待っている。   


05月17日(水)
  ジャンボ鶴田死す、か。以前から肝臓を患っていたのは知っていたが、まさかここまで悪かったとは。フィリピンで肝臓移植手術中に大量出血し、そのままショック死ということだがなんとも気の毒な訃報である。
  俺はその昔ずいぶんとプロレスに熱を入れていた時期があった。その当時は、アントニオ猪木を頂点とし、所属するレスラーにも試合運びにも華があった新日本プロレスが隆盛を極めていたころで、対してどちらかというと地味目で野暮ったいスタイルを信条とした全日本プロレスで大活躍していたのがジャンボ鶴田その人だった。過去にレスリングや相撲を通過したからこそ可能だったグラウンド戦法や豪快な技の数々、そして一時期はバスケットボールで本気でオリンピックを目指したほどだったという、あの巨体からは想像できない俊敏な動きなど、「真の最強プロレスラー」の名を欲しいままにしていたのだった。
  特に思いで深いのは、故ジャイアント馬場とタッグを組んだ世界最強タッグリーグ戦や、天龍との「鶴龍コンビ」、当時最強と呼ばれたロードウォリアーズと死闘の末ついに掴んだPWF、インタータッグダブル選手権での勇姿は今も忘れられない。

  それにしても塩沢兼人、三浦洋一、そしてジャンボ鶴田と、今月になってまるで申し合わせたように昭和の時代に活躍していた人たちが次々と亡くなっていくのはどうしたことか。平成になって十二年にもなると、そろそろ昭和時代の人たちがしだいに消えていくのはそれは自然と時間の摂理だろうが、しかしいくらなんでも死ぬには早過ぎる年齢の人たちばかりである。

  今日は一日都内の某半導体系商社まで外出。いつもより一時間早く起きるだけでも大仕事なのに、しかもスーツにネクタイ、そして久々の通勤電車でぐったりである。明日も朝から外出後、夜に会社に戻って仕事になりそう。多分そのまま徹夜になりそうな気がとてもする。確か明後日の早朝には香港に行くことになっているはずだが、本当に行けるんだろうか。真剣に心配になってきた。


05月16日(火)
  今朝は起きたらいきなり猛烈な肩凝りである。両肩に漬物石でも乗せたような、鈍い重力を感じる。肩だけでなく体も重い。このまま二度寝して昼から会社に行こうかと布団にもぐりかけたが、よせばいいのに午前中に会議が入っていることを思い出してしまった。ううっ、そうとなれば仕方がない。と会社に行ったはいいものの体のだるさは全くとれず、案の定会議に身が入らない。やっぱり無理しないで休めばよかったか。胃の調子もなんだかおかしく、食欲も全くなし。まるでセミの抜け殻のように数時間を過ごす。ううむ、燃え尽きてしまったのだろうか、俺は。

  だが午後になって突如として復活である。意識鮮明・瞳孔拡散・頭脳明晰・フル回転状態。おお、これはなんとしたことか。ついさっきまでの無気力な俺はなんだったのだ。って、やっぱり単なる寝不足か。

  NASAが数年前に打ち上げた太陽観測衛星の SOHO が撮影した、太陽の方向に集まった四大惑星(水星・金星・木星・土星)とおうし座のM45ブレアデス星団(和名:すばる)の画像がWeb上に公開されている。残念ながらこの画像には写ってはいないが、地球から見て火星も太陽のすぐ近くにおり、これで太陽系内の五大惑星が全て太陽の方向に集まっていることになる。いわゆる「惑星直列」と言う現象である。
  確か十数年前か、同じように惑星が直線状に並ぶ「惑星直列現象」や、太陽を中心として十字状の配列になる「グランドクロス」なんてことがあって、やれ惑星の重力の影響で大地震が起きるだのなんだのと言われたものだが、だいたい惑星の引力なんて太陽のそれに比べれば屁のようなもので、惑星が直線に並ぼうが十字になろうがなんの関係も無いのである。そもそも「惑星直列」も「グランドクロス」も絵に描いたようにきれいに並んだわけじゃないし。もちろん今回の「惑星直列」だって、それなりに珍しい現象ではあるが、それが地球に与える影響は皆無であろう。

  そういえば今回は妖しげな終末論を説く予言者は現われなかったなあ。まあ去年「恐怖の大王」なんていう世紀の大イベントが完璧なまでに不発に終わったから、惑星がまっすぐ並んだところでいまさら話題になるほどのことでもないのだろうか。

  ちなみに今回と同様の惑星直列が起きるのは2438年4月22日。その頃はきっと直接宇宙で眺めることが出来てるんだろう。


|←Back| Home |Next→|