みくだり日記    2000年09月前半
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09月15日(金)
  最後の聖火台がいつまで待ってもちっとも動かなくて、あのまま立ち往生したらいったいどうなるのか、とヤキモキ半分、期待半分で見ていたシドニー・オリンピック開会式。まわりの雰囲気から完璧に浮いていた日本人選手団の「パステルカラーマント」にはある意味度肝を抜かれたが、ああいう目立ち方はちょっとどうか。他の国々がどんどんレベルアップし、とっくの昔にスポーツ二流国に成り下がってしまった我が極東の島国。とりあえず開会式ででも目立っておかなきゃいつ目立つ、って意図なんだろうか。しかしあのデザインはいくらなんでもどうかと思う。きっと着ている選手は嫌だったに違いない。事実入場行進が終わったらみんな脱いでたぞ。テレビの解説じゃ「暑いから脱いでる」って言ってたけど、絶対あれは暑かったからじゃないはずだ。

  そんな開会式でちょっと期待して見ていたのは、韓国と北朝鮮の朝鮮半島南北二国による合同の入場行進。テレビの解説によると、会場の観客全員が立ち上がって拍手を送ったのは開催国オーストラリアとこの韓国・北朝鮮合同チームの二回だったそうだ。たしかに両国の歴史を鑑みても、この合同入場は意義のあることであり、それをよく知っている観客もスタンディング・オベーションで迎えたのだろう。しかし入場する当の「KOREA」の人達は、はしゃぐでもなく興奮するでもなく実に淡々としたものだった。これも国民性なのだろうか。

  古代オリンピアの時代から脈々と受け継がれてきたオリンピック本来の意味合いは、国家やイデオロギー、宗教などとは無縁の、己が鍛えた肉体と極限の技量を競い合う単なるスポーツの祭典である。二十世紀が終わろうとしている今、こうしてシドニーの地に集まっている選手たちも、皆おそらく「自分のため」に しかしこの国家的・国際的一大イベントは、そうした「スポーツの祭典」というお題目をとっくのとうに遠くおきざりして、国と国とのつばぜり合いとか経済効果など、様々な思惑が入り混じっているのもまた事実である。

  まあそんなことはともかく、オリンピックである。勝つことよりも参加することに意義がある、アマチュア・スポーツ最高峰の国際大会なのである。って、プロしか参加していない競技もあるよなあ。


09月14日(木)
  夕方から某所で開催された、俺を雇用する会社の労働組合の組合大会に出席するために都内へ。この組合大会は年一回の恒例行事となっていて、組合活動の一年間の総括的な意味あいの集まりである。内容としては、前期の活動報告、今期執行部の紹介、予算決議といった、一種儀式的なもの。なにもこれだけのために数百人からの人間を一堂に集める必要があるのかどうか、ちょっと疑問に思うこともあるが、違う事業所に勤務しているために一年でもこの場でしか会わないような人に会えるわけで、そういった意味では出席する価値はあるのかもしれない。

  しかし労働組合っていう存在自体、意味合いが希薄になっているような気がする。もちろん無くなったら無くなったで困るのはもちろんである。賃金も福利厚生も、完全に会社経営者の言いなりになる恐れがある。しかし低成長時代に入り年功序列の賃金体系が崩壊して雇用状況が大きく様変わりしつつある昨今、こうした業界横並び、みんなで手と手を取って一緒に闘いましょう的な組合活動は、なんとなく有名無実化しているような気がしないでもない。

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  「ネアンデルタール」(ジョン・ダートン著:ソニーマガジンズ文庫刊)読了。近頃の『ネアンデルタール・ブーム』の先鞭をつけたベストセラー小説が文庫化されたので、さっそく読んでみた。のだが、ちょっと期待はずれだったかなあ。ネアンデルタール人が、脳の視角野をハックして誰かが見ている光景をそのまま見ることが出来たり、そのことでお互いに意思伝達する特殊能力を持つ、というプロットは面白いけど、それがあんまりストーリーに効果的に絡んでこないのはちょっとどうかと思う。ネアンデルタール人の集落にコンタクトするまでを描く前半が、どうにもテンポが悪くてかなりダル目。ストーリー中にいくつか張られた伏線も、後半いつの間にか消えて無くなったりするのが興ざめだし、さらにあまりにあっさりしすぎなエンディングも拍子抜けって感じ。

  まあこの本から得られたのは、ネアンデルタール人が人間とほぼ同じかより大きかった脳容積を持ち、かなり文化的な生活を送っていたということと、学名が『ホモ・サピエンス・ネアンデルタール』というのが分かったことぐらいか。ちなみに人間の正式学名は『ホモ・サピエンス・サピエンス』。「サピエンス」を二つ続けるってのは初めて知ったけど、最初の「ホモ・サピエンス」まで人間と同じ呼び名だとは、ううむ、かなり人間に近かったんだなあ、ネアンデルタール人。

  ところで最近の研究によると、ネアンデルタール人と我々の祖先である人類が同時代のある時まで共存していたことが定説になっているそうだ。しかしある時(約二万八千年前)突然、ネアンデルタール人達は地球の歴史から忽然と姿を消す。なぜネアンデルタール人は絶滅したのか。そしてなぜホモ・サピエンスが生き残ったのか。

  この小説の中でもその理由が紹介されているが、現在二つの学説が支持されているそうである。一つは『ノアの方舟』もしくは『愛と悲しみの果て』派(ネアンデルタールは大規模なダーウィン主義的闘争、すなわち人類との種族間戦争によって滅びたとする説)と、もう一つは『戦争よりも愛を』派(一部混血により現代人の遺伝子プールの中に組み込まれてしまったとする説)。今のところはどちらの学説にもそれぞれに一長一短があり、決定的な確証は得られていないようだが、もう少し研究が進めば、いずれどちらかに軍配が上がるだろう、とのことだ。

  この小説では、ホモ・サピエンスの狡猾さがネアンデルタール人を滅ぼしたという『愛と悲しみの果て』説が採用されているが、個人的にはどちらかというと『戦争よりも愛を』説支持かな。人間の性欲は、ダーウィン的選択を駆逐するほどの、何にも勝る進化の原動力だと思う。どうです、みなさんも思い当たる節がありませんか。私?そりゃあ、もう、ねえ。


09月13日(水)
  ダメ人間でどうもすいません。

  ここのところ雨続きだったり、先々週の週末は台北にいったりして、ということもあるのだが、もうかれこれ三週間ほどジョギングをしていないことに気づいた。おかげで筋を伸ばすと鈍い痛みが走っていた左の膝の調子も、十分な休養がきいたのか今はすっかり完治。曲げても伸ばしても全く痛みはない。

  週に何回も走り込んで走るのが習慣になってくると、いわゆる「ランナーズハイ」の状態になり、多少体の調子が悪くても無理してでも走ってしまうもの。痛いのなら走らなきゃいいと頭ではわかっているのに、体の方が走りたくてたまらなくなるのである。当然症状はどんどん悪化。一般的に関節の外傷は、悪化させると治癒するまでに非常に時間がかかり、最悪の場合は手術室送りの憂き目も免れない。

  まあそこまでいくのはよっぽどのことだが、しかし体力や健康を維持するために走っているのに、逆に体を痛めつけていたんじゃなんにもならない。今回はそうなる前に休めたおかげで痛めた膝が一応は直ってよかったが、今度走り始めるときはもっと走行フォームを考えたりペース配分をきちんと計算したりして、もうちょっと体に負担をかけないようにしたいものだ。もっとも三週間も休んじゃったらすっかり体がなまっているから、またペース作りからやり直しなんだが。

  今週末の三連休は、なんだかんだで二日ほど出勤の予定。それもこれも先月設計終了したカスタム IC チップの製造を担当する某半導体メーカが、とんでもないミスをやらかしてくれたとばっちりである。せっかくこの週末は「DINO CRISIS2」三昧になるはずだったのに。くそ。

  しかしその製造担当者、ミスった理由って「ドラクエVIIのやり込みすぎで寝不足だったから」じゃないだろうな。


09月12日(火)
  「凄まじい」なんて言葉があまりに陳腐に思えるほどの東海地方の豪雨。道路も家も、そして人さえも茶色い泥に呑み込まれてしまった街の映像をテレビで見ていると、人間にはどうしたって勝てない相手がいることを改めて思い知らされる。探査機を空の果てにまで軽々と飛ばし、深海を自由に動き回れるほどの科学力を得たとしても、強大なエネルギーの前にはそれをコントロールするどころか抗う術もなにも持っていないのである。

  そんな惨状をテレビで見た朝、会社について PC を立ち上げてメールチェックすると、知り合いの某氏からメールが入っていた。久しぶりである。生身で会ったのはもちろんのこと、メールさえももうずいぶんご無沙汰だった。確か勤めていた会社を辞めて、一時期無職暮らしをした後にどこかのソフト会社にもぐり込んだと人づてに聞いたが、今いったいどこで何をやっているのか。と、メールファイルをクリックして読んでみる。subject は「名古屋にいます」。なに?

  どうもこの某氏、今週の頭から出張で大阪に行っていて、ようやく仕事が片づいた昨日、帰京しようと新幹線に乗ったら名古屋付近で大雨により立ち往生。最初は少し待てば動き始めるだろうと高をくくっていたそうだが、しかし止まった電車はさっぱり動く気配が無く、結局そのまま車中にて一夜を明かしたそうだ。大阪を出るときにはまさかこんなことになるとは露とも思っていなかったから、適当にビールでも飲んで帰ればいいかと、ろくに食料を調達しなかった某氏。気がついたときには車内販売の弁当の類はすっかり売り切れてしまい、飢えと渇きをひたすら耐えた地獄の夜だったという。空きすぎた腹を少しでもまぎらわせようと、明け方近くに持っていた携帯電話とノート PC を使って、メーラのアドレス帳に載っている人に片っ端からメールを書いてよこした、というわけである。

  そうだったのか某氏よ。それは大変な目にあったなあ。さぞかし不自由な夜だったに違いないと心から同情する俺だが、でも「ところで車中泊の場合でも出張手当と宿泊費は二日分もらえるんでしょうか」ってあんた、そんなこと心配している場合か。そういうことは自分のところの総務課に聞きなさい。


09月11日(月)
  和歌山で竜巻が発生したり、大雨で新幹線のダイヤがめちゃくちゃになったりと、台風と秋雨前線の影響で西日本は大変なことになっているようだが、こちら東日本も一日中不安定な天候が続いた。朝から晩まで日がな一日雷は落ちるは思い出したように豪雨が降るは、おちおち外にも出られやしないのである。まあ出ないんだけど。

  それにしたって人がまだ寝ている朝の六時から雷は勘弁して欲しい。おかげで雷が過ぎ去った後もあまり寝付けず、結局寝過ごして遅刻する始末。雷のせいにできるので、こういう日は遅刻も堂々とだ。だってさ、うるさくて寝られなかったんですよこれが。ああダメ人間。

  そう言えば高校の時に、雨の日は必ず学校に来ないという男がいた。なにせ雨が降るといないのである。雨が続く梅雨時や、ちょうど今時分のような秋の長雨シーズンになると、一週間のうちに姿を見かけるのはほとんどまれだった。雨の多い日本である。「雨の日は一回休み」という古の農耕民族のような生活パターンを基本している以上、普通に考えるだにどうにも出席日数が足らなくなるような気がしてならないのだが、どういうわけだか学期の最後にはギリギリで勘定が合ってしまうのだった。なぜそうなるのか。単にラッキーだったのか、あるいは観天望気を駆使して天候を読み、緻密に日数を計算していたのか。ともかく、雨の日は休みという基本原則を忠実に守ったまま、留年することもなく無事にいつの間にか卒業していったのだった。

  しかし何故その男は雨の日には学校に来なかったのか。どうして頑なに登校を拒否したのか。卒業を間近に控えたある日、俺はそっと聞いてみたのだった。男は何をいまさら、という顔でしれっと答えた。
  「濡れるのやだから」

  ギズモかお前は。


09月10日(日)
  昨日に引き続いて今日も晴れて暑い。しかしおもてに出てみると日の光は思いのほか柔らかい。気温は確かに高いものの、あの真夏の時の突き刺すように鋭い太陽光線や、殺人的な湿気は、もうない。秋だよなあ。

  午後からかみさんがネットで見つけた JR 船橋駅近くの茶藝館に行ってみた。マンションの一角に朱に塗られた宮殿様式の門構えが据え付けられている様は非常に怪しい雰囲気だが、店内は至ってまとも。ところ狭しと茶葉を入れた銀色の大きな缶が並び、急須、湯飲みなどの茶器が山のように展示されており、先週訪れた台北の茶藝館を彷彿とさせる。お茶のメニューは思ったよりも少ないものの、烏龍茶、龍井茶、プーアール茶といったメジャーどころは押さえてある。食べ物メニューの方は、例えば小龍包と水餃子、桃饅頭にお茶が付いた飲茶セットが千円とリーズナブルなお値段。ううむ。こんな近くにこういう本格的な茶藝館があったとは。しばらく通うことになりそうである。

  その後は電車に乗って秋葉原へ。本当は USB 接続のコンパクトフラッシュ・リーダ・ライタだけを買うつもりだったのに、帰りの電車で気がつくと手にした袋の中には何故かこんなものが。ううむ、いつの間に。

  そんなわけで、昨日の「CLIE」といい今日のこれといい、久々の物欲大爆発な週末である。それもこれも台湾で押さえた反動だろうか。ということにしておこう。しておきたい。しないと困る。誰か俺を止めて。


09月09日(土)
  さすがに今週は旅の疲れが出たか、今ひとつ気合いが入らなかった。ううむ、台湾であれほどニンニクを食ったのに、その効果は疲労に相殺されたか。ともかく、ようやくの週末である。正直ほっとしている。

  そんなだるさを引きずったまま、車で近所の総合ショッピングセンターへ。ここ二週間ほどろくに買い物もしていないので、家の食料品はスッカラカンである。何の気なしにとなりのコンピュータショップに行ってみると、今日発売の「CLIE」がずらっと展示してある。さすが話題の商品だけあって、一番目立つ位置にポップされている。おお、これか。さっそく手に取ってみると、やはり小さくてとても軽い。カラー液晶は確かに暗めなものの、こうして蛍光灯下のような屋内で使う分には特に気にはならない。実物とは先日銀座のソニービルで対面済みだったが、あの時は展示されている機体数が少なくてあまりいじり倒せなかったからなあ。ここは展示品がたくさん置いてあるから、長時間使っていても他の人に迷惑にならんだろう。なによりネットで注文したのに今日は結局届かないこと確実なのである。その鬱憤を、ここで実機をいじりまくることによって晴らすのである。

  しばらくいじっていると、ふともしやと思った。もしかして在庫があるのでは。ダメ元で店員に聞いてみた。ある。最後の二台。お持ち帰りおっけー。

  その瞬間に記憶が飛び、気がつくと中に「CLIE」が鎮座ましますビニール袋を下げて、家に向けて車を走らせていた俺であった。

包装箱 手がでかいんじゃなくて本体が小さいのである

  ということで、すっかり諦めていた発売日入手が、思いがけないところで実現してしまったのである。嬉しい。大変嬉しい。あまりに嬉しいので、「CLIE」を握りしめたまま床に寝っ転がったら、そのままナチュラルに寝入ってしまった。俺も歳だろうか。


09月08日(金)
  今日はだいぶ暑さがぶり返してきた。予報によると、この暑さは長続きしそうで、今週頭のような涼しさは当分お預けとのこと。まあ暑くても涼しくてもどっちでもいいんだけど、できればこんなに極端に変化しないで徐々に移行していってほしい。こんなんじゃ体がついてゆかん。って、一日のほとんどは空調のきいた会社で過ごすから、気温が上がろうが下がろうが大して影響はないんだけど。ヒートアイランド上等。ああエアコン万歳。

  ついに明日発売が開始される「SONY 版 Palm」こと「CLIE」。ネット上では、本家 SONY の通販サイト「PDA STYLE」からの「明日お届けします」メールが届いたという報告が続々と上がっている。しかしこれらはネット予約開始直後に予約完了できた幸運な人達の話。SONY が Web サイトなどで公表したお達しによると、特に人気のカラーモデルの場合はあまりに注文が殺到したために発売開始当日の配達は無理な場合がある、とのことで、大半の人間が明日の発売日には実物を手にすることが出来ない模様である。

  ちなみに明日「CLIE」が配達されるかどうかは、SONY からの配達確認のメールが今日までに来るか来ないかでわかる。で、私?ええ、もちろん私は来ませんでしたとも。メールボックスの中には SONY のソの字もありませんでした。ということは明日のご対面はお預け。翌週以降まで座して待て、というわけだ。くそ。SONY STYLE のいけず。

  もちろんこれは注文数を読み切れなかった SONY のミスではあるんだけど、しかし明日に物が届かないという事実はいかんともしがたい。仕方がないので明日は一日ゆっくり寝て、台湾旅行の疲れでも癒すことにしましょうか。


09月07日(木)
  どうにも九月に入ってからというもの、大気の状態が不安定なのである。朝出がけには晴れていた空が、午後になるとみるみるうちに黒雲が垂れ込め、ついで夕方には轟音と共に雷がどかーん。そんな毎日が続いている。今日なぞは朝も早い午前四時頃にいきなり雷の襲来である。雷が我が家の上空を通過したのは短時間だったが、どこか近くの送電線にでも落雷があったのだろう。瞬停(瞬間的な短時間の停電)があったらしく、朝起きると家中の家電製品がリセットされていた。幸い雷サージによる破損はなかったものの、こうも雷続きだといつかはバチッと、という一抹の不安がよぎる。ううむ、やっぱり耐サージコンセントを買ってこようか。

  CATV のアニメ専門番組で今月の特集として放映されている「頭文字(イニシャル) D」に、ここのところすっかりはまっている。ちょうど今週の頭から始まったばかりで、毎日深夜に一話ずつ流される放送を楽しみにしているのである。確かオリジナルは数年前、フジテレビ系列で土曜深夜に放映されていたような気がするが、もちろん「ヤングマガジン」の原作は知っていたものの、そのころはあまり興味がなくほとんど見る機会はなかったのだが、たまたま CATV で見たらたちまちハマった、というわけだ。

  最初はやたらにツルっとしたポリゴンくさい CG 描写の車にどうにも違和感があったのだが、見続けていくうちに、これはこれでまるで初期リッジレーサーを思わせるようなスピード感を感じてくるから不思議である。その滑らかに動く「ポリンゴの絵」と、車種ごとに微妙に違うエキゾーストノートやドリフト中に発せられる甲高いタイヤのきしみ音、バトル中にバックに流れるユーロビートの BGM、などの「音」が相まって。原作のマンガまた違う、実にリアルな臨場感が醸し出されている。しかしこのアニメを見ていると、どうにも FD3S(現行 RX-7)が欲しくなってくるのだ。いやあやっぱりロータリーエンジン最高。あんなドリフトは一生かかってもできやしないだろうが。

  しかし FD3S やら FC3S(旧型 RX-7)やらをブーストアップしたり足回り替えたりバリバリにチューンしやがって、君達は学生のくせにどこにそんなに金があるんだよ高橋兄弟。ってまあ家が金持ちだからなんだけど、やはり車やレースってのは基本的にブルジョワの道楽なんですなあ。


09月06日(水)
  普段は物欲の固まりのような性格をしているくせに、どういうわけだか旅行に出るとその物欲がなりをひそめてしまう私。旅にはそれぞれ目的があって、もちろんデューティーフリーショップで免税品を買ったり現地の店でお土産を買うのが目的の旅も否定はしない。でも俺はそんな買い物に時間を取られるぐらいなら、その時間を使って少しでも街の中を見て回りたいし、。だからわざわざ海外に行ったとしても、せっかくだから何か買い物でもなんて気はほとんど起こらず、いつも手ぶらで帰ってきてしまうのである。

  今回の台北旅行でも、結局買い物らしい買い物はろくにしなかった。せいぜいナイトマーケットで T シャツを一枚買ったぐらいか。これもあまりの暑さに汗をかきすぎて着替えを繰り返しているうちに T シャツの手持ちがなくなってしまい、必要にかられて仕方なく買った物だ。ちなみに物は METALLICA のインチキ T シャツ。最初は NT$1000(約三千五百円)とふっかけられたものを NT$490 に値切った。柄は黒地に四体のドクロの絵がどーんと描いてあり、ところどころに血だれが飛んでいるという、いわゆるスタンダードな METALLICA 柄。本当はこれを着て日本に帰ろうと思っていたのだが、かみさんに「頼むからやめてくれ」と言われたので断念。どうしてだ。まあ絵柄はともかくとしても、わざわざ台北まで行って METALLICA の T シャツを、それも MADE IN THAILAND の一見してインチキとわかるものを買うのもどうかと思うが。

  そういえば T シャツ以外にも CD を買ったことも思い出した。事前調査で台湾は CD の値段が安いと聞いていたので、手頃なものがあったら何枚か買ってみようと思い、タワーレコードで物色。結局あまりこれといったものがなかったので二枚しか買わなかったのだが、一枚 NT$320 (約千百二十円)也。確かに安い。

  ところで台北の街には、もちろんタワーレコード以外にも多くの CD ショップがある。いくつかの店に入ってみた。よく知らない台湾国内アーティスト(アイドル系が多い)の大きな棚があるのは別として、洋物ロック、ジャズ、クラシックなどその他の品揃えとしてはほとんど日本の CD 屋と同じ感じである。ちなみに台湾では今若い人達の間で日本のポップスやアイドルが大人気だそうで、どこの店でも「平井堅」や「モーニング娘。」、「B's」、「小柳ユキ」の最新アルバムが山積みになっていた。街を歩いていてもどこからか日本語の歌が聞こえてきたりしていた。

  で、買った CD は「BLACK SABBATH」と「RHAPSODY」のアルバム。ちなみに「BLACK SABBATH」とアルバム名の「HEAVEN AND HELL」を中国語表現にすると、それぞれ「黒色安息日合唱團」と「天堂與地獄」となる。まあそのまんまと言えばそのままだが、天堂與地獄って、大元の英語よりもよっぽど雰囲気が出ているような気がする。


09月05日(火)
  なんでも俺達が蒸し風呂のような台湾にいた先週の土曜日は、日本もそれに負けず劣らずの暑さだったようで、関東地方では気温が軒並み摂氏三十五度を超えていたそうである。ところが今日はこの涼しさ。朝、会社に行くときに車についている外気温計の目盛りは摂氏二十度。一気に秋らしくなって、というか寒いぐらいの気温である。ううむ、気温差で風邪をひきそうだ。

  タイミング良くというかなんというか、今日は急ぎの仕事がなかったことをいいことに、のんびりペースでルーチンワークをこなす。さすがに体がちょっとだるい。台湾と日本の時差は一時間しかなく、もちろん時差ボケなんかはあるわけはないのだが、炎天下の中を連日歩き通しで、さすがに疲れが残っているのかも。台湾料理名物「必殺・なんでもニンニクで味付け」攻撃の効果があらわれてくるのには、もうちょっと時間がかかるのだろうか。

  それにしても、あのニンニクの多さには驚いたよなあ。出てくる料理のほぼ全てにニンニクが使われているもんだから、おかげでなんだかまだ口の中がニンニク臭いような気がしてならないのである。知らないうちに体にニンニク臭が染みついてしまったとしたら、ちょっとイヤだ。


09月04日(月)
  台湾な日々最終日。今日も良く晴れて、蒸し暑さは相変わらずだ。初日は曇りのちスコール、二日目は薄曇り、昨日はまずまずの晴れ模様、そして今日もすっきり青空と、なんだからだんだんと天気が良くなってくるようだ。日本で調べた天気予報によると、この旅行中はあまり天気が良くないということだったが、良い方に外れてくれた。しかし晴れるのはいいとしても、この暑さはちょっと。ううむ、俺はどちらかというと暑さには強い方なのに、さすがにここまでだとちょっとこたえるな。そういえば昨日足裏マッサージをしているときに、按摩師のあんちゃんに「台湾はめちゃくちゃ暑いですね」と聞いたら、「別にこのぐらいじゃ何とも思わない」と言っていた。ううむ、そうですか、何とも思わないですか。

  日本への帰国の便は午後三時過ぎ。午後一時半前にはピックアップするバスがホテルにやってくる。それまでの三時間ほどが、台北で過ごす最後の時間である。二手に分かれて同行者は最後の買い物、俺とかみさんはホテル近くの「茶藝館」へ向かった。「茶藝館」とは中国茶専門の喫茶店で、「お茶の国・台湾」ならではの店である。一応は喫茶店形式をとっているから簡単な食事もとれるところは多いが、やはりメインはお茶。庶民向けの安い烏龍茶から最高級の凍頂茶まで、手頃な値段で気軽に飲めるのがありがたい。

  茶藝館で大変美味い鉄観音茶を飲んだあと、同行者と合流してまたも大衆向けの食堂で食事。台湾最後には、牛肉入りの焼き餅と、棒状の麺を刀で削ったものを煮て作る「刀削麺」など。確か「刀削麺」は中国の山間部が発祥地だと以前テレビの紀行番組で見たような気がするが、台湾にもちゃんと伝わっているのである。これを食べるのはこれが初めてだが、削った麺があっさりした雲呑みたいで、醤油ベース(?)の濃厚な汁とのマッチングが大変よろしい。

  同行者はさらに買い物があるそうなので、俺は別れて一人ブラブラと台北の街を散策である。今日は月曜日。オフィスアワー真っ盛りのこの時間に、出歩いている人はあまりいない。もっともこの暑さじゃ、さすがの台湾人達も外を歩く気にはなれないのかもなあ。

  最後に、今回の台湾行でやり残したことを次回のために書いておこう、ってすっかりまた来るつもりなのか俺は。

  今度は台北だけじゃなくて、もっと南の高雄や台南にも行ってみたいものだ。どうせ行くなら台北から南へ向けて電車の旅ってのもいいかもしれない。それになにより、次こそは必ず露天風呂だ。ええ入ります、入りますとも。

  夕方の飛行機に乗って、約三時間のフライト後に成田到着。三日ぶりに帰ってきた日本は、びっくりするほどの涼しさだった。ほんの数時間前までそこにいた、ぐったりするほどの台湾の暑さが少し懐かしい気がしたのだった。


09月03日(日)
  台北な日々、三日目。今日は朝から雲一つない快晴である。おかげで気温はぐんぐん上がり、しかし湿度も相変わらず高くて大変蒸し暑い。今日も雨の心配はなさそうなものの、この暑さは徒歩観光の身にはこたえるな。

  今日は台北市内を放浪する予定である。まずは台北中央駅からさらに地下鉄で一駅、西門町へ。このあたりは台北市内でも若者の街という感じのところで、目抜き通りには道の両脇に洋服屋や CD 屋、食べ物屋などが並び、歩いている人種も圧倒的に中高生ぐらいの若者が多い。日本でいうなら渋谷のセンター街か原宿かってところか。若者向けの街という割には比較的物価が高いらしく、確かに食べ物屋の看板をのぞいてみると書いてある値段表はなんとなく高めのような気がする。この辺りは台湾市内でも最も地価の高い辺りだそうで、そのために物価が高騰しているとのことだ。ううむ、こんな高そうな街で平気で遊びまわるって、台湾の若人はお金持ちなんだろうか。チェックしてあった料理屋を見つけ、炒飯と餃子の朝食兼昼食。長米を強力な火力で炒めているから、炒飯はパラっとしてとても美味しい。海鮮をふんだんに取り混ぜた具も、特にぷりぷりと歯ごたえある海老が新鮮な感じがして、そりゃもう美味いったらない。ああ幸せ。やっぱり炒飯を食うなら本場に限りますな。

  食事後はまたも同行者と分かれての単独行動である。とりあえずここ西門から比較的近い「龍山寺」に行ってみることにする。西門の街を南北に走る「崑明路」を南にしばらく歩くと、若者の町の喧騒は遠くに過ぎ去り、徐々に下町風情が色濃くなってくる。麺類や揚げ物を売る軽食屋、庶民向けの服装屋、名も知らない南国のフルーツを屋台いっぱいに並べた果実店。そららが並ぶ通りに面したひさしの下で、強烈な日光から身を隠すようにして、ステテコ姿のおじさんがスチール椅子に座って煙草をくゆらしている。この辺はなんだか時間の流れがゆったりしている気がする。人間のエネルギーがぎゅっと詰まった「スピード命」的な台北の中心部から少し外れると、こんなにものんびりしたところがすぐそこにあるのである。

  目指す龍山寺は、漢方薬の屋台が建ち並ぶ街中にあった。龍山寺は台湾でも最も有名な寺院の一つだそうで、建立は今から約二百六十年前の清朝時代。まわりを塀でぐるっと囲まれた中にある宮殿様式の本尊は、実に荘厳な雰囲気である。今日は日曜だからか、この暑いのに参拝客はかなり多く、線香の煙が充満して殿内が霞むほどだ。俺も地元の人にならってお賽銭を入れて参拝。御利益はあるだろうか。

  ちなみに台湾の寺は神仏混合で、龍山寺もご本尊は観音菩薩のくせに、道教の媽祖、関帝その他の文人武人をたくさん祀ってあるというチャンポンぶり。御利益があるなら神も仏も何でもいいからとりあえず祀ってしまおうという台湾人の宗教観がよくあらわれている。ううむ、そんなにあれもこれもと欲張ると、かえって御利益が分散してしまうような気がするのだが、まあこれで良いっていうんだからいいんだろう。

  「龍山寺」から再び台北中心方向へ足を向けて、「広州路」を東へ。二キロほど歩くと、そこは国防部(国防省)や外務部(外務省)、総統府(台湾総統官邸)など台湾政治の心臓部が集中しているところで、台湾の霞ヶ関ともいえるあたりである。どのビルもいかにも「お役所」という感じの、威厳のオーラが発散されているような建物ばかりで、このあたりを俺なぞが歩くと場違いなような気がしてならないのは気のせいだろうか。雰囲気もピリピリとした感じ。外務部の角を曲がった国防部の門のところで、門番をしている憲兵の姿を写真に取ろうとカメラを構えたら、憲兵にすごい剣幕で怒られてしまった。ううっ、そりゃあ無用心にカメラを向けたこっちが悪かったけどさ、俺はただの観光客、怪しいもんじゃないです、ってなにも銃剣で威嚇しなくたっていいじゃないかよ。怖いのですぐに退散。

  国防部を足早に立ち去り、お次は総統府ビルである。総統府は元々は日本統治時代に完成したビルで、当時の台湾総督府として使われていたところ。第二次世界大戦でアメリカ軍の空襲により内部のほとんどが消失したが、中国から敗走してきた中国国民党の手によって改築・改造され、総統府として現在に至るとのことである。赤レンガづくりの重厚な建物は、台湾近代史を無言で語っている生き証人なんだなあ。ここの門にももちろんしかめ面の憲兵が立っていた。ふん。お前らなんか頼まれたって写真を撮ってやらん。

  台北中心部徒歩ツアーを終了して、夕方に同行者と合流。同行者が台北に住む台湾人の知り合いに教えてもらったという、地元で美味いと評判の料理屋に行ってみる。地下鉄に乗り、紹介された地図にしたがって商店街の中を探してみると、その名も「大衆飯店」なる小さな料理屋を発見。おお、これは確かに名前も店構えも正に地元の人向けの大衆食堂である。さっそく海鮮炒飯だ炒麺だ菜っ葉の炒め物だアサリの蒸し物だと一気に注文し、ひたすら無言でビールで腹に流し込む。ここの名物はアサリの蒸し物だそうだが、ううむ、確かにこれは美味いのである。味付けに相変わらずニンニクがたっぷりと入っているのは、いかにも台湾庶民の料理という感じだけれど、これがまたビールのつまみには最高なのである。

  晩飯後は本日のメインイベント、足裏マッサージである。チェックしていたマッサージ店に行こうフラフラ歩いていたら、別のマッサージ屋の客引きにつかまってしまった。話を聞くとサービスの内容も料金もそこそこらしい。なんだか店を探すのも面倒くさくて、もうここに決定である。通された店内に入ると、まるで床屋のようなリクライニング椅子が並んでいて全員がそこに座らされた。女性ばかりの同行者についたのはちょっと年輩の按摩師だったのだが、俺を揉んでくれたのはいかにも屈強そうな若いあんちゃん。台湾式足裏マッサージはとてつもなく痛いと聞いていたのに、しかも力が強そうな按摩師が相手とは。ううっ、お願いだから痛くしないで。

  という祈りが通じたのか、はたまた不安そうな面もちでいる日本人を哀れんで手加減をしてくれたのか、時折力を入れてちょっと痛いポイントがあったものの、それほどの痛みはない。リズミカルな指の動きと適度な揉み具合で非常に気持ちいいのである。あまりの気持ちよさにウトウトし始めたところで、突然猛烈な痛みが走る。うおっ、痛いよ痛いって。するとそこは肝臓のツボだそうで、酒の飲みすぎで肝臓が弱っている、と按摩のあんちゃん。肝臓の働きを良くするには、豚肉をいっぱい食え、という。ううむ、弱ってましたか肝臓。確かにうちの家系は肝臓疾患が多いから普段から気をつけなきゃいかんなあ。でも豚肉が肝臓に良いとは知らなかった。
  足裏マッサージのあとは、ついでに耳掃除もやってもらう。こちらも実に気持ちがいい。びっくりするほどたくさん耳垢が出て、耳の通りがすっきりした。

  足裏マッサージの店を出て交差点で信号待ちをしていると、推定年齢五十代後半と思われるてっぷりと太ったおっさんが流暢な日本語で話しかけてきた。話を聞いてみるとどうもこのおっさん、ポン引きらしいのである。「五千円ポッキリ、タクシー代は別料金」だとのこと。なぜタクシー代が必要になるのかはよく分からないが、当然ながら丁重にお断り。するとおっさん、おいおいお若いの、わざわざ遠い日本から台北に来ているのに、どうしてお前は女を買わないのか、という。どうしてって言われても大変困るのである。じゃあもし気が変わったらここに連絡してくれ、と名刺を手渡された。この名刺に書いてある携帯の番号に電話するときに「駐在」という合言葉を言うと、通常価格五千円(日本円でもオーケーとのこと)のところを四千円にしてやる、とポン引きおっさんがのたまう。ううむ、五千円でも相当安いと思うんだけど、さらに千円ディスカウントですか。それにしても「駐在」ってどういう意味なんだろうか。

  地下鉄に乗って二駅ほど南に下って、初日に訪れた「中正紀念公園」へ再び。昼間に見る広大な敷地と巨大な建物の威容も迫力十分だけど、青白いランプの光にライトアップされて夜の闇に浮かび上がる「中正紀念堂」や音楽堂の妖しい姿も、昼とは違ったこれまた格別の美しさである。

  それにしてもさすがに夜の公園だけあって、いちゃつく若者カップルがたくさんいたのだけど、時刻はすでに午後十一時すぎ。道教の教えを、儒教の教えを君達は知らないのか。


09月02日(土)
  台北な日々、二日目。この季節の台北は台風シーズン真っ盛りである。つい数日前も大きな台風が台湾を直撃して大雨が降ったそうで、そのおかげで島のあちこちでそれなりの被害が出たそうだ。中緯度地方に位置する日本にやってくる台風は、発生から長い経路を経て勢力が幾分弱まっているものだが、緯度的に低い台湾ではまだ元気一杯のうちにやってくるんだからたまったもんじゃないだろうなあ。

  昨日は一日中曇り空で、ときおり雷まじりのスコールが降るという、いかにも南国的な空模様だった。明けて今日。雲はかなり薄い。雨の心配はなさそうなのはありがたいけど、太陽が出ている分日差しがきつくて朝から大変暑い。少し歩くだけで汗が滝のように流れ出る。今日は歩き回るつもりだから、たっぷり水を持ち歩かなきゃならんな。

  中華の国の朝食といえば、何はなくとも朝粥だろう。特にこれといって店は決めていないので、とりあえず繁華街に出ればなにか屋台の朝粥屋でもやっているだろうと、ホテルを出て地下鉄で台北中央駅まで。朝もまだ八時すぎだというのに電車内は結構な混みようである。今日は土曜日だから台北市の人達も買い物にでも出るのだろうか。でもたいていの店が開くのは十時か十一時なんだけど。ううむ、この人達は一体どこに行くのか。台北中央駅を降りてから三越方向をぶらぶら歩いて、ほどなく朝粥屋を発見。鶏肉入り朝粥を食す。ほどよい塩っけが、昨晩の疲れがまだ残る胃に大変心地よいのである。

  同行者と別れたあとは、今日は単独行動である。今日の目的は、まずは台北市から電車で三十分ほどの北部にある「新北投」という温泉街で温泉に入ること。ここは元々さきの大戦時に旧日本軍が保養地として開発したところで、最近は台湾でも温泉ブームらしく、台北市から電車や車で気軽に行ける新北投は温泉街として台湾でも最大の賑わいをみせているという。ちなみに台湾では日本の温泉のように裸で入ることはご法度。他人に裸を見せることは恥ずかしいこととされているようで、露天風呂や公共の浴槽に浸かるときは水着着用が原則である。ということは事前に調べて分かってはいたのに、どういうわけだか水着を持ってくるのを忘れてしまい、仕方がないので三越のスポーツ用品売り場にて、バーゲンセール中につき元値 NT$1000 が半額以下の NT$498の Elle 製水着を購入。なんだかえらい安売りで一抹の不安があるが、一応三越だし、きっと本物だろう。ついでにコンビニでタオルも買って、地下鉄に乗りこみ一路北へ。

  新北投駅に降り立つと、そこは山が間近に迫る山間の街。遠く山の中腹にはいくつもの温泉ホテルらしき建物が建っている。とりあえずはガイドブックを頼りに「北投春天酒店」なるホテルを目指してみることにした。ガイドブックによると、ここは駅から徒歩八分とのこと。この炎天下で山道の登るのは大変なので、近いにこしたことはない。いやあ温泉、楽しみだなあ。

  ところが行けども行けども目的のホテルのホの字も見つからないのだ。何度も地図で確認しているので道は合っているはずだ。通りの名前も間違いない。公園を抜けて、派出所の角はさっき通り過ぎた。しかし「北投春天酒店」は一向に姿を見せてくれないのだった。推定気温三十二度、湿度八十パーセントのうだるような暑さの中、急峻な山道を登りつづけることかれこれ約三十分。シャツもズボンも汗でぐちょぐちょ。しかも登るにつれて道はだんだん細くなる。おいおい、一体どこにあるんだよ。くそう、俺はもう温泉なんか知らん。帰る、帰ってやる。と、身も心もヘトヘトになって半ば諦めかけたころに、高台の上に白い豪奢な建物が忽然と現れたのだった。ううっ、あれがそうなのか。どこが歩いて八分だってのよ日本アジア航空ガイドブック台北編。看板ぐらい出しとけ北投春店酒店。ちきしょー、こんなことならケチらないで駅からタクシーに乗ればよかった。

  ああもう、とにかく温泉である。額から滴る汗をぬぐいもせずにフロントに突進し、温泉温泉温泉じゃあいいから早く俺を温泉に入れろうがーっ、と異様な形相でまくしたてる日本人に恐れをなしたか、すぐさま先導して案内してくれた。やっと入れるぞ温泉に。って、なんだかいっぱい扉が並んでるんですけど。あのー、ここって更衣室?これが水でこっちが温泉の蛇口で、浴槽にお湯をいっぱい溜めて浸かるととてもグッドですよ、って、おねえさん満面の笑顔だけど、これって内風呂じゃん。露天じゃないじゃん。

  ということで、案内されたのはどういうわけだか内風呂であった。六畳ほどの広さの石造りの室内に、これまた石造りの浴槽がこしらえてあって、蛇口をひねると温泉が吹き出してくる。一応小さいながらも小さな窓があるから完全な密室というわけではないものの、どう考えても完璧に露天ではない。ううむ、なんだか想像していたものとちょっと違うような気がするが、この汗みどろの状態では面倒くさくなってなにもかもがどうでもよくなる。内風呂でもいいじゃないか、温泉だもの。あまりの暑さと疲弊の果てに、人の思考は相田みつお化する。

  さっそく服を脱ぎ捨てて、かすかに硫黄の匂いのする白濁した湯を溜めてどっかりと浸かると、山道を死ぬ思いで登ってきた疲れが吹き飛ぶようである。いやあ極楽極楽。まあ露天じゃないのは残念だけれど、こうして温泉独り占め状態なわけである。考えようによっては贅沢な話ではないか。しかしこんなことなら何のために水着なんか買ったんだ俺は。まあ深く考えないようにしよう。

  温泉を出た後はさらに電車で北上し、水辺の町「淡水」へ。とりあえずは市場の中にある「龍山寺」を目指してみる。ここは 1858 年の建立ということだからそれほど歴史は古くないものの、市場のど真ん中にこじんまりとあって、なかなか味のある寺院である。地元の人が市場で買ってきたお供え物を手に参拝するのを見ると、いかにも庶民のためのお寺さんという感じだ。

  「淡水」は淡水川が東シナ海に注ぐ河口近くに古くから開けた港町で、古くはスペイン人やオランダ人が占領していたこともあって異国情緒にあふれるところ、とものの本にはある。現在は台北からの日帰りスポットとして人気があるそうで、今日は土曜日ということもあるのか、家族連れを中心に街はかなりの人出。俺も市場で肉まんとマンゴジュースを買って、水辺の公園でのんびりと。今日は天気も良いし、正に行楽日和だよなあ。暑いけど。

  再び電車に乗って台北市内へ戻り同行者と合流して、地下鉄の「士林」駅近くにある台湾名物「夜市(ナイトマーケット)」に繰り出してみる。いやしかし物凄い人出である。例えて言うなら、大晦日のアメ横の賑わいを三倍ぐらいにした感じ、ってところか。細い路地の両側に店舗がひしめき合い、そのあいだを流れる人また人の喧騒。それに向かって怒号のように飛び交う呼び込みの声と、屋台から漂ってくるさまざまな食べ物の匂い。湯気と熱気。調理する音。それらがごちゃ混ぜギュウギュウと詰まって猛烈なエネルギーである。ううむ、香港のナイトマーケットもすごい迫力だったが、ここもそれに負けず劣らず強烈だよなあ。

  客引きのおばちゃんが「絶対美味いから食って行け」という迫力に負けて、晩飯はナイトマーケットにある屋台系の店で。メニューが全て北京語で書かれているから詳細はよく分からないままに、字感で適当にそれらしいものを頼むと、出てきたのは海鮮湯麺、菜っ葉(品種不明)の炒め物、海老の揚げ物、そしてナマコの炒め煮などなど。何が出てくるのか一抹の不安があったけど、全て外れなしの美味いものばかりである。いやあおばちゃん、あんたの言うことは正しかった。疑った俺が悪かった。

  ところで台湾の庶民料理、特に炒め物のほとんどにはニンニクがたっぷりと入っている。最初は出てくるどの料理にもニンニクだらけで、いくらなんでもちょっとくどいような感じがしてどうかと思ったが、慣れるとこれが病みつきになるのである。しかしこれだけ毎日ニンニクばっかり食ってれば、台湾の人があれだけ元気なのはわかるような気がする。

  飯のついでに念願の「台湾ビール」も。エール系のさっぱりとした飲み口は、濃い味付けで辛目の油物料理に大変合う。やはりタバコと酒は、その土地の空気と食べ物にマッチングするように作られているのである。ああ美味い。


09月01日(金)
  そういうことで今日から三泊四日の日程で、台湾は台北市に行くのである。

  今年は五月に香港、そして今回の台湾と、近年になくアジアづいているなあ。最近は台湾、香港をはじめとして韓国や中国などのアジアへの海外旅行者がずいぶんとふえているそうだけど、言ってみればその流行にのっているということか。ちなみに香港には今年の五月の旅行を含めて過去三度ほど行ったことがあるが、台湾はこれが初めてである。香港と台湾は両者とも限りなく中国の一部であるから、基本的な文化はそれなりに似通ってはいるものの、しかし大きく異なるのが言語体系だ。香港は英国領だっただけあって多くの場合英語が通じるが、しかし日本語はほとんどだめ。逆に台湾は歴史的過去から年配者を中心に日本語がかなり通じるものの、英語はそれほどでもないという。基本的な標準語も香港は広東語、台湾は北京語という違いもある。とりあえず多少でも日本語が通じるというのは心強いような気はするな。

  成田発、朝一番の飛行機に乗って約三時間の後に到着した台湾の地は、南国の日差しである。さすが亜熱帯〜熱帯に位置する国。大変暑い。日差しにくわえて湿気も強烈で、表に立っているだけでも汗がにじんでくる。体感的にはちょうど日本の夏の最盛期と同じぐらいの感覚か。まあ緯度的には沖縄よりもよっぽど南に位置し、しかも今は夏真っ盛りだから暑いのは当たり前なんだけど、しかしそう考えると日本の夏って熱帯並かそれ以上ということになるよなあ。なんて思いながら、冷房が強烈に効いたバスで台北市内へ向かう。

  台北の道路は、やたらとせせこましい香港と違って道幅が広く(幹線道路は片道四〜五車線)作られていて、かなりのゆったりとした構成になっている。しかしその広い道幅をもってしてもさばき切れないほどのあまりに多い交通量のおかげで、所々で渋滞が発生している。まあいくら道が広くても、これだけ車が走っていれば渋滞が起こっても致し方なしというところだ。幸いにも空港から台北市内に向かう道路はさほど混雑していなかったが、反対方向は延々と続く車の列が出来あがっていた。ううむ、これが話に聞いた台湾名物交通渋滞か。ちなみに道路は日本と逆の右側通行。走っている車の九割以上が日本車である。台湾に自動車メーカがあるのかどうかは分からないけれど、やっぱり世界のどこに行っても日本車は強いんだよなあ。

  道路を眺めていると、やたらにスクーター(原付バイク)が多いことに気付く。特に市街地ではその数が異常に増える。信号待ちをしている時に道路の先頭に数十台のバイクが居並ぶ姿は、ある意味圧巻である。なんでも台湾では 49cc 以下の排気量のバイクであれば運転免許なしに乗って良いそうだ。だから誰も手続きや取得が面倒くさい免許なんか取らないで、勝手にバイクだけを買ってきて乗りまわしているとのこと。もちろん運転講習なんてのもないから、運転マナーはかなり悪く、平気で歩道を爆走する奴もいる。まあ渋滞しまくる道にはバイクが便利なんだろうけど、でも免許ぐらいちゃんと取らせろよ台湾政府。

  ホテル到着後、とりあえず地下鉄に乗って台北市内へ。台湾市内を走る地下鉄路線は、ほとんど飽和状態にあった市内の交通状況を緩和する目的で作られたそうで、出来てからまだ三年ぐらいと新しい。台湾市内を南北方向に二路線、東西方向に一路線が走っていて、出来たばかりということもあって車両も駅舎もきれいなものだ。料金は市内を移動する分には大体 NT$20 (約 \70:1NT$=\3.5)。運行本数も大変多く、観光の足として(三分おきぐらい)なかなか便利である。

  とりあえず今日は市内観光。まずは市内中心部にある中正紀念公園へ。ここにある中正紀念堂は台湾建国の父、蒋介石をまつるために作られた建物で、八角形の青い屋根と大理石を積み上げた白亜の壁のコントラストが大変美しい。中には奈良の大仏を彷彿とさせる大きさの蒋介石の銅像がある。とにかく建物自体の大きさに圧倒されてしまう。ちなみに高さ七十メートル。いかに蒋介石が台湾国民に慕われているかがわかる大きさである。公園には紀念堂の他に、これまた大きな甍作りの国立音楽館と劇場が並び、紀念堂とシンメトリに配置された広大な眺めは圧巻だ。映画の「ラストエンペラー」を思いだしてしまった。

  腹が減ったので、飯屋で小龍包やらシュウマイ、そして期待の本場・排骨麺やら。麺はなんとなく日本の蕎麦を思わせる淡白な味だけど、骨のエキスがにじみ出て出汁となったスープが大変おいしい。排骨にはあまり脂身がなく、箸でつまむとするりと骨から肉が外れるぐらいに柔らかく煮込んである。本場の排骨麺って、もっとぎっとりと脂ぎっているかと思っていたのだけど、意外にあっさりしていて食べやすいんですな。しかし総勢五人で腹一杯食って、それでも一人あたま千円ぐらいなんだから安いもんである。日本の中華料理屋でバカ高い飲茶なんか食うのがバカらしくなるよなあ。

  夕食後に台北駅近くにある電脳街をさくっと回ってみる。電脳街と言っても日本の秋葉原のように街一つが全て電気街というほどではなく、ビルの地下一階から地上四階に小さなパーツ屋やゲームショップがごちゃごちゃと入っている、という程度なのだが、さすがに世界の PC 工場のお膝もとだけあって最新のパーツや CPU などがあちこちに並んでいる。ただ値段相場はほぼ秋葉原と一緒ぐらいか。ううむ、もうちょっと安いかと思ったんだけど。ぶらっと一周まわって、今日のところは帰還である。夜市襲撃は明日の予定。


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