みくだり日記    2000年10月後半
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10月31日(火)
  鉄筋作りの家の中にいる限りはそれほど寒さを感じないけれど、さすがにこのごろは朝晩それなりに冷えるようになってきた。そろそろ夏用の半袖の寝間着から長袖に替えないと、油断していると風邪をひきそうだ。って、いまだに半袖でグースカ寝ている奴もそうはいないか。

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  「人喰い病」(石黒達昌:ハルキ文庫)読了。
  人間をどろどろに溶かしていく奇病「人喰い病」の謎を綴ったタイトル作をはじめとして、医学者と雪女の悲恋(?)をドキュメンタリタッチで描いた「雪女」、洞窟に潜む未知の生物を食べ続ける「水蛇」、蜂にまとわりつかれていると妄想する男の苦悩を少し精神分裂気味に書いた「蜂」という、独白系の渇いた文体が特徴的な短篇が四編納められている。どれもとても魅力的な作品だが、この中では「人喰い病」と「雪女」が特に気に入っている。「雪女」のたどってきた道筋や過去の生態、「人喰い病」の奇病の正体を解き明かしていく過程が、まるで何かの報告書のように淡々と描かれているのだけど、その論理的で静かな表現が逆に謎解きの興奮を肥大化させ、さらにはロマンティックとさえ感じさせる。ちなみにこの二作品の主人公は医者(医学研究者)なのだが、実は作者自身も第一線現役の臨床外科医なんだそうだ。後書きで「医者が病気を診断する過程は整理小説だ」と言っているが、正にそれを体現させてみせたのがこれらの作品というわけだ。「リング」の鈴木光司や「パラサイト・イヴ」の瀬名秀明以降、この手の理系SF作品が花盛りだけど、この作品はそれらの一つの頂点として語られるに値すると思う。

  ところでハルキ文庫って、ここのところ「新しき SF 時代来る!!」と銘打ってずいぶん精力的に SF に力を入れている。この「人喰い病」も先月発刊されたばかりだが、当分のあいだは同様にバンバン新刊を出す予定だそうである。大変喜ばしい。喜ばしいけれど、いったいどこから読めばいいのか、選書に悩む日々が続きそうだ。


10月30日(月)
  プロ野球の二千年最優秀選手(MVP)と、最優秀新人(新人王)、ベストナインが発表された。セ・リーグの MVP にはリーグ優勝と日本一に輝いた読売の松井選手、パはリーグ優勝に貢献したダイエーの松中選手が選ばれた。まあこの二人は今年それぞれ十二分の働きを見せてくれたから、何の文句もない順当な選出であろう。

  そして新人王である。目立った新人が現れなかったパ・リーグは三十二年ぶりの該当者なしとなったが、注目のセ・リーグはプロ二年目で見事首位打者となった横浜ベイスターズの金城選手が選ばれた。もしや(金の力で)ライバルの読売の高橋尚投手に栄冠をかっさらわれるのではないかと危惧していたけれど、もちろん高橋尚の成績もそれなりに素晴らしいとはいえ、やはりぶっちぎりの首位打者の座は受賞に値するインパクトがある。いやあ、めでたい。おめでとう金の字。来年も森新監督のもと、是非とも連続首位打者、そして MVP を目指して頑張ってほしい。

  とまあそれはそれとして、高橋尚って腹話術芸人のいっこく堂に似ている気がしてならない昨今。

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  「中二階」(ニコルソン・ベイカー著:白水社)読了。
  この本は、とあるビジネスマンが自分の勤める会社が入っているビルの一階からエスカレータに乗り、会社のある「中二階」で降りるまでの数十秒間にめぐらしたどうでもいいような考察の数々を詳細に描いた小説である。と書いてしまうとなんてことはない話のようだが、その考察をめぐらす事象が猛烈に支離滅裂、めちゃくちゃなのだ。例えばエスカレータの機能美を賞賛していた次の瞬間には、切れた靴ひものその切れた原因に関する物理的考察を延々とはじめ、そうかと思うとストローの材質が紙からプラスチックに変わったことを心底嘆き、ミシン目の発案者に対して熱狂的な賛辞を送る、といった具合だ。一つの事象を考えている間に考察が考察を呼んでどんどん枝分かれし、脱線に次ぐ脱線で、ついに書ききれなかった事柄は異常な量の欄外注記となって本文を浸食していく。その注記がまた異様に面白いから困ったもので、はたしてどちらが本文でどちらが注記なのか、途中でわからなくなるほどである。

  ということで、考察技法といい論旨の展開(と言っていいのだろうか)といい、そして読後に感ずるそこはかとないどうでもよさとくだらなさに、「こんなのもありなのか」と感動することうけあいだ。日頃細かいことが気になってしょうがない人には是非とも読んでみてほしい。

  しかしこの本を読むと、身の回りにあるなんでもないもの、例えば鉛筆や消しゴム、灰皿、食器棚、カーテン、車のハンドルなんてものが、なんだか今まで見ていた時とは違った輝きを放ってくるような気がするから不思議である。


10月29日(日)
  午後二時起床。思ったより早かった。上出来である。

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  実は俺には階段を上り下りする時の最後の一歩は必ず右足になるようにしなければならないという、一種のゲンかつぎのようなものがある。「階段右足終了の法則」と命名しているこの行為は、いつから、そして何故これを始めたのかはあまりに昔のことで憶えていないが、少なくとも小学生低学年の頃には既にこれを行っていた記憶がある。その幼少の頃から今まで、別に最後が左足になったところで別段何か悪いこと実際に起こったかというと、全くそんなことはないのだが、しかしそれがどうにも気持ちが悪いことは確かで、まあそういう無意味さ故が「ゲンをかつぐ」というところなのだろう。

  他人にとっては馬鹿馬鹿しく、しかし当人にとってはそれなりに意味があり重要な、こうした行為。階段を上下する度についつい段数を数えて、最後が右足になるように調整したりするようなアホみたいなことを真面目にやってしまうのは俺ぐらいなものかと思っていたが、面白いもので、やはり誰でも一つぐらいはくだらない「ゲンをかつぐ」行為を持っていることが最近わかったのだった。

  というのも先日、旧知の某氏とメールでいつものように馬鹿話をしていたところ、「ふだんの生活の中で縁起をかつぐ、あるいはこれをやらないと何か悪いことが起きるような気がしてしょうがないことは何か?」という話になり、そこで俺は件の「階段右足終了の法則」を披露したところ、氏のゲンかつぎである「ご飯粒二粒残しの法則」を教えてくれた。細かい説明は省くが、ご飯粒二粒残しである。読んでそのままと考えてもらって差し支えない。「階段右足終了」と「ご飯粒二粒残し」。どちらも無意味さでは似たり寄ったりといったところか。それはともかく、こんなことをやっている人間が他にもいることがわかって嬉しくなった私だった。

  ところでここでちょっと話が飛んで、ふと疑問に思うのが「ゲンをかつぐ」の「ゲン」とは何か、ということである。試しに PC の IME で「げんをかつぐ」を変換してみたら、「限を担ぐ」となってしまった。なにかそれは、ちょっと違うような気がするぞ ATOK13。残念ながら今手元に国語辞書がないので、あとでちょっと調べてみることにして、腹が減ったので近所のマクドナルドで腹ごしらえだ。

  ダブルチーズバーガーのセットを注文し、ちょっと冷えたポテトをコーヒーで下していても、考えることは「ゲンをかつぐ」そのことばかりだ。「ゲン」とはなんなのだ「ゲン」とは。「元」か。もしくは「験」か。はたまた「弦」か。すると飲みほしたコーヒーカップの底に、なにやら文字列が書いてあるのが見てとれた。

  ★マクドナルドの今月のとくとく情報
  「げんをかつぐ」
  「げん」とは、「縁起」を逆から読んだ「ぎえん」が訛ったもので、江戸時代の上方で使われるようになった言葉。

  おお、なんというタイミングの良さ。偶然にしては出来すぎとはいえ、まさかマックのコーヒーの底に答えが書いてあるとは。

  しかしそうだったのか。「縁起」を逆から読んだものが最初だったのか。意外なところで疑問が氷解するものだが、なかなかマックも侮れないよなあ。それにしても、昔の人はなかなかいいことを言うものだと、改めて感心したのだった。いやほれ、昔から言うではないか。「真実は底にある」と。


10月28日(土)
  午後三時起床。相変わらず怠惰な週末を過ごす私だが、まあ朝まで飲んだ翌日だから許してやろう自分を。そのかわり明日は早起きだ。絶対無理だ。

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  修理に出していたかみさんの Windows CE マシンがようやく修理終了したと連絡が入ったので、受け取りのために小雨が降るなかを秋葉原へ。いつもの調子で T シャツの上にフリースを羽織っただけの薄着だとかなり肌寒い。もうすぐ十一月だもんなあ。寒いはずである。

  無事に Windows CE マシンを受け取り、ついでに用もないのにフロアをブラブラしていると、こんなものが目に留まった。テレビ CM や Web サイトなどで見て以前から気にはなっていたのだが、これはなかなかいいかも。今使っている機種(DCS-SX150)に大きな不満はないものの、こうして実物を見ると猛然と物欲が沸き上がってくる。ううむ、もうすぐボーナスの季節がやって来る。先日 PDA を買ったから、年末はプリンタを買い換えるだけの予定だったのに、ボーナスの使い道リストに新たに一品書き加えられそうである。大変危険である。

  秋葉原には刺激が一杯だ。


10月27日(金)
  昨晩からかみさんの友人が我が家に泊まりに来ていて、本当なら今日は一日会社を休んでみんなで飯でも 食いに行こうと思っていたのだった。しかしどうしても外せない用事(例のカスタムチップのバグに関わる件だ)が入ってしまい、仕方なく午前中だけ出社。猛スピードであれこれ用件を済ませたのちに会社を飛び出して、先行してもらったかみさん達と合流すべく車で移動。

  向かった先は「コメ・スタ」という店である。ここはいわゆるイタリア料理屋の範疇に入るところなのだが、「醤油の街・野田市」(野田市にはキッコーマンの本社や工場がある)らしく、醤油のもろみの風味をふんだんに生かしたオリジナル・パスタ(ずばり、“野田市のパスタ”という)を作ったりするなど、バリバリのイタリア一辺倒ではなく、随所に日本的テイストをちりばめたイタリア料理を出すことで一部地域で有名なところ。ここのパスタを食べてすっかりファンになり、数年前まではこのあたりに住んでいたこともあってことあるごとに足繁く通ったものだが、ちょっと離れた現住所に引っ越してからというもの、久しく訪れたことがなかった。今日は久々にここで飯が食えるとあって、アクセルペダルを踏み込む足の力も普段の五割り増しという案配だ。ネズミ取り上等。千葉県警なんざくそくらえ。ぎゅるぎゅる泣き続ける空っぽの胃袋をたしなめつつ、国道十六号を弾丸のように北上する。

  ところでこの「コメ・スタ」は、看板料理であるピッツァやパスタが美味いのはもちろんなんだけど、ここの隠れた逸品なのがティラミスなのである。ふんわりとしたスポンジにエスプレッソのわずかな苦みとクリームのほのかな甘みが見事に溶けあって、正に「とろけるような」という形容詞がぴったりフィットする絶品である。冗談ではなく、あまりの美味さに俺なぞは一口食べるごとに意識が遠くなる。もし野田市に行く機会があったら、是非とも時間を作ってここでティラミスを食ってみてほしい。人気店だけあってディナータイムや週末は異常に混雑するので、できれば平日、それも昼間に行くのがベストである。まあこの条件は一般の勤め人にはなかなか難しいが、しかし会社を休んででも一度は行くだけの価値がある。それぐらい真剣におすすめする私だ。

  食事後にかみさん友人を某私鉄駅まで送ってから一旦帰宅したのち、今度は会社の部署の送別会に出席するために電車で某 JR 駅へ向かう。そういえば会社の飲み会も実に久しぶりのような気がする。まあうちの部署の人間はほとんどが車通勤だから、盆暮れ以外ではこうして誰かが出ていくか入っていく時ぐらいしか飲む機会がなかなかないのは仕方がない。

  一次会、二次会に続いて三次会はカラオケへ。結局今日も帰宅は朝の四時である。今日は飲む前にたっぷり食べているからそれほど悪酔いはしなかったものの、さすがにこの時間まで飲み続けていたから疲労度が高い。なんだか最近こんなのばっかりだよなあ。今月は午前五時より前に寝た日がほとんどないような気がする。


10月26日(木)
  いつにも増して眠い一日。モニタを流れる数字の羅列が、魔法の指南書に見えてくる。トカゲの尻尾とカエルの足とドブネズミのひげと蜘蛛の腹。全部をまぜてすり下ろし、処女の生き血に溶かして一口飲めば、あら不思議。たちどころに意識は飛んで、肉体は漆黒の闇の向こうへと落ちていく。

  …とまあそんなグロいものを飲んだわけじゃないんですが、今日はちょっと本当に眠いので、このへんで。


10月25日(水)
  今日こそは定時で帰ろうと思っていたのに、なんだかんだで結局帰宅したのは午前二時だ。それもこれも先日明らかになったカスタムチップのバグ騒動がいまだに尾を引いている所以だ。

  バグが発覚してから約二週間。某半導体系商社の設計担当者による連日に渡る徹夜の原因究明作業によって、ようやく内部回路に問題があることが判明したのは先週のこと。しかし原因をつかんだとしても、今度はそれをいかに回避するかが大問題である。さらに双方徹夜を重ねて検討を進めた結果、なんとかチップ外の回路で不具合動作を逃げる方法が見つかった。

  今日はその担当者が来訪して今までの経過を報告していったのだが、さすがに疲れで死にそうな顔をしていた。同じ技術屋として、自分が設計した回路にバグが出てしまったその心中は察するが、まあしかし因果応報自業自得。誤動作してしまうしょぼい回路を作ってしまったのは自分だ。お気の毒とは思うけれど、おかげでこちらも時間的・経済的・肉体的・精神的なダメージを被っているのである。死なない程度に頑張ってほしい。

  とりあえずは原因がわかり、それをなんとか回避する方法も見つけた。しかし当然ながらそれで万事めでたしめでたしというわけにはいかない。遅れた日程をどこかで挽回しなければならないのだ。まだまだ気の抜けない日々が続くのである。急がば回れってわけにもいかないんだよなあ。こうなっちゃったら。


10月24日(火)
  深夜一時。ようやく今日の仕事を終え、会社の建物を出ると、いきなり身震いするほどの寒さに包まれた。地面から吹き上げてくるような風が妙に冷たい。毎年この季節は車通勤者にとって着ていく服装の選択が難しい頃合いである。おもてを歩くことの多い電車通勤であれば、晩秋・初冬のそれなりの厚着をするのが当然だろうが、エアコンが心地よく効く車の中で通勤時間の大半を過ごす者に季節感はない。いまだに平気で T シャツいっちょで会社に向かう始末だ。今日の俺の服装も、薄い肌着に綿のシャツを羽織っただけの、いわば「季節は初夏」的な格好だ。こんな薄着の俺に、秋深まった深夜の風は容赦がない。ぼやぼや歩いていると体温を奪われそうである。とにかく急いで駐車場まで走るのだ。

  と、ここまで読んで「おお、今日はコケ落ち(転んだ、という落ち)か」と思ったあなたはなかなか勘がよろしい。勘はよろしいが、しかし凡庸すぎまいか。俺だって毎回毎回いやあ実は走ってたら転んじゃってなんてそんな八時だよ全員集合的お約束的落ちばかりの文章を書いているわけでなくそれにそもそも何の障害物もない石ころもないバナナの皮も落ちてない普通の平凡な平坦な道路で大の大人がなぜ訳もなく転けるのかおかしいと思いませんか思わないですかそうですかいや私は思いますところで「転ける」という文字を ATOK で変換したらいきなり「コケる」と出たのですがいきなりカタカナを第一候補にするのはそれはちょっとどうかと思うどうなんでしょうかやはりここはまず「転ける」と漢字で出していただきたいそれが正しい日本語それが正しい IME それが正しい仮名漢字変換システムの務めではないかと私は考えますがどうですか徳島のジャストシステムさんしかし転けるとかコケるとかやたらと連発していると貴様本当は転けたのではないか転けたのだろう転けたに違いないと疑われても仕方のないことでありますがしかし私は絶対に転けてないのです神かけてリッチー・ブラックモアにかけて奥菜恵にかけて転けてないったら転けてないのでありますが、この左膝の擦り傷はいったい何だろう。


10月23日(月)
  そもそも雨という天候自体嫌いなのだが、秋の雨はどうにも苦手な冷気を運んでくるのだからなおさらそう思う。つい昨日までは暖かかったのに、しとしとしとしと、降るでなく止むでなく実に歯切れの悪い水音とともに、北方より吹きそぼる風が大気と地面を一気に冷却していく。そのせいかどうなのか、お腹の調子が大変悪い。どのくらい悪いかというと、ええと、お食事中にこれを読んでいる方もいるかもしれないのでちょっと書くにははばかられる、それぐらい大変な惨状だ。一言で言うとゆるい。下痢である。書いてるじゃないか。

  そういうわけで、今もお腹を押さえながらこれを書いている私だ。うおっ。そろそろ限界か。FTP してファイルをサーバにアップロードしたら、一目散にトイレへ GO!


10月22日(日)
  午後四時半起床。また今週もやってしまった。ベランダに出てタバコに火をつけながら暮れなずむ街を見つめ、人生について考えてみる日曜日の夕方。

  今年もまたカメムシ大発生の季節がやって来たようだ。毎年この時期になると、どこからともなくやって来たカメムシ軍団が我が家の周囲を包囲する。まあ大発生といっても、中国あたりでよくある作物を食い荒らすイナゴやバッタの大群に比べれば微々たる数ではあるが、しかし数は少なくともものがカメムシだけに迷惑の度合いでは数の少なさは関係ない。

  それでもマンションの壁に点々とへばりついているだけならまだ良いだろう。それだけならカメムシと我々との接点はほとんどない。景観的・美観的にはちょっとどうかと思うが、生きとし生けるもの生物皆兄弟、平和共存するのにやぶさかではない。しかしどういうわけだかカメムシ御一行様は、ベランダに干してある洗濯物に張り付いてくるから始末が悪いのだ。どうして彼らは洗濯物に群れたがるのか。

  おそらく彼らにしてみれば、洗濯物の生地の色がカメムシの好む色だったとか、洗濯物が含んでいるわずかな水分を求めてとかなんらかの理由があるのだろう。しかし洗濯物をいずれ体に着装する人間の側にとっては、これにへばりつかれると大変困る。なにせ臭いが。とほほ感極まる、あの臭いが。

  だからはたくのである。親の仇のようにバンバンはたくのである。しかし洗濯物を取り込む際にどんなに注意してはたいてみても、どうしても一匹か二匹は落とせきれず、室内にご案内となってしまうのだった。

  そういうわけで、今日もカメムシ臭がほのかに漂う我が家である。とほほ。


10月21日(土)
  ここのところ例のカスタムチップのバグ騒動とその対応でほとんどの時間を取られてしまっていたから、他のやるべきタスクがまるまる棚上げになってしまっているのだ。ということでそれらをこなすべく本日は休日出勤。

  そりゃまあ何も公式に与えられている休みの日にまで会社にでかけて仕事をするのは、ちょっとどうかという気がしないことはないけれど、余計な電話も会議もなく、集中して仕事にかかれるのでとても生産性が上がるから休日出勤は嫌いではない。深夜の残業も、あまり遅すぎると翌日がちょいと辛いという弊害はあるが、しかし生産性という意味では休日出勤と同様である。俺を雇用する会社は技術系従業員を対象に一応フレックスタイム制度を導入してはいるが、それはいわゆる普通のフレックスで、出退勤時間に多少の融通は利くものの、一日に最低限勤務しなければならない時間が決められている。朝に大変弱い俺なぞは、フレックスを使えば普通の勤め人に比べてかなり遅い時間まで寝ていられるので、まあそれはそれでありがたいことは確かではある。

  しかし朝型の人、どうしても午前中には頭が回転しない人、個々人いろいろタイプがある。生活スタイルもある。そろそろ完全フレックス、つまりは自由裁量労働を導入してもらえば、ぐっと生産性が上がるような気がするのだ。さすがに人対人の関係が重要な営業や、ラインが止まると困る製造部門などは難しいかもしれないが、技術系の部門だったら十分やっていけるはずだ。

  そんなことを考えつつ、静かなフロアで集中して仕事な私だ。外は秋晴れの青空が広がる大変に良い天気。だが、集中しているからそんなことは全く気にならない。ならないったらならないのだ。ああ、どこか知らない遠くに行きたい。


10月20日(金)
  明日からプロ野球は日本シリーズに突入。別に監督同士が戦う分けじゃないのに「ON 対決」とやらで盛り上がっているようで、たいへん結構なことである。個人的にはどっちが勝とうが負けようが、正直言ってこの対戦カードにはほとんど興味はない。これはもちろん恨みや妬みがたっぷり入ってのことだが、どちらかというと強いて言うならダイエーか。なにせほれ、うちの近所には三越はないけどダイエーなら何店かあるもんで。

  ところで日本シリーズの東京ドームでの第一戦及び二戦では、シドニー五輪メダリストの高橋尚子選手と田村涼子選手が始球式を行うそうである。なるほど、あの女子マラソンと柔道の金メダリストか。まあ栄えある日本シリーズ開幕である。高橋選手、田村選手の起用は「時の人」として無難な人選なのかもしれない。しかしこのゲームの主催者は、五輪野球チームに保有選手を貸し出すことにあれだけ頑なに拒否した球団である。それが自分のところのセレモニーには、当然のような顔をしてメダリストを起用する。まったく、毎度のことながらその変わり身の早さには驚かされる。どこにいくらばらまいたのかは知らないが、さすが厚顔無恥を絵に描いたような球団である。

  しかしどうせやるなら高橋選手本人じゃなくて、あの小出監督に投げてもらった方が面白いのに。もちろん事前にたっぷり酒を飲んでもらってさ。


10月19日(木)
  今日は午後から久しぶりに都内の某半導体系商社に外出。春先から夏にかけてはカスタムチップの設計でしょちゅう来ていたところだ。しかし約二ヶ月前に開発作業が終わった今、本来ならばここに用はないのだが、そのカスタムチップの内部で、某半導体系商社の技術部隊に設計してもらったブロックにバグ(不具合)があることが発覚。今日はその対応策を打ち合わせるためにやって来たのである。

  打ち合わせやらなにやらがようやく終わり、時計を見ると二十二時。すっかり人気のなくなった某半導体系商社の通用門を出ると、なんだかおもてが騒がしい。何ごとかと大通りの方に行ってみると、おお、なにやら屋台がたくさん出ている。そういえば某半導体系商社の人が、今日は地域のお祭りがあると言っていたのを思い出した。「べったら市」なるその催しは、江戸時代後期、この辺一帯に漬け物屋が軒を連ねていたころの名残で、今でも毎年この日に行われているそうだ。なるほどそうなのか。こんなオフィス街のど真ん中でそんなお祭りが開かれているなんて全然知らなかった。しかし何でも祭にしてしまうあたり、さすが江戸っ子気質であるはあるが、それにしたってべったらはないだろうべったらは。

  ふらふらと屋台街を歩いているうちに、そういえばまだ晩飯を食っていないことに気がついたのだった。ううむ、今日は忙しすぎて空腹であることも忘れていたが、思い出した途端に猛烈に腹が減ってきた。そんな時になんとグッドなタイミング。さっそく屋台で焼き鳥を購入し、スーツ姿で道端にうんこ座りしてビールで一気に流し込む。ああ、なんという幸せ。ああそうさ。人生バグありゃビールもあるさ。

  それにしても出店しているのは焼きそばやたこ焼きのような普通の屋台ばかりで、肝心のべったら漬けがどこにも売っていないのだ。仮にも「べったら」を冠する祭である。これでべったら漬けがないなんて、それはインチキだろう。ううむ、そんなはずはないだろうと路地を奥の方に入っていくと、おおっ、あったぞ。通りがまるまる一本分べったら漬けの屋台で占拠されている。右を向いても左を向いても全部べったら漬けの、その数約二十の屋台群。べったら漬けを売る業者がこんなにたくさんいるというのも驚きだが、これだけ多くのべったらが並ぶとなかなか壮観ではあるなあ。しかしまあ夜もとっぷり暮れているというのに、道路の端っこに段ボールやござを敷いてスーツ姿のサラリーマンが大勢酒盛りをしているのを見ると、とてもここが昼間サラリーマンや OL が闊歩するオフィス街とは思えん。

  あんまり美味そうなので、べったら漬けを一本分お買い上げ。手に持って帰るのもなんなので鞄に入れておいたら、当然ながら鞄が猛烈にべったら漬け臭くなってしまった。


10月18日(水)
  東京で木枯らし第一号だそうで。なるほど、今日は寒いわけだ。

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  今日はどうにも筆がのらないというかなんなのか、あなたと一緒に先ほどから数行マウスを画面にかざして書いては消し、朝日が昇ると同時に違う話題で数行真心を込めて書いてはまた消し、ということを何度も繰り返している。いつもなら適当に何か血文字で書き始めれば、あとはほとんど自動書記状態で文章が完成されていくのだが、なぜだか今日は進まない。それは今でも突き刺さってるままですけど。

  「気合と根性さえあればロック界の変態七弦魔術師」(性格が変態ということではない)の異名をとる、スーパーギターリストのスティーヴ・ヴァイ先生が某雑誌のインタビューで、家族の反対を押し切ってなぜあなたはそんなに突拍子もないフレーズや曲を思いつくのか、という問いに対し、「最近化粧がうまくなったメロディや音符は空中のあちこちにフワフワ浮かんでいる。それにしても何であんな上原のクソボールに手だすかなあ?俺だったら絶対出さねえよ。あいつら野球なんてちっともわかってないんだよな。残り300円で10日間しのがなきゃ。体についているアンテナでそれらをキャッチし、それは疑わしいけどあとはギターで音階をなぞって再現しているだけだ的態度」と答えている。そうしたら本気で説教されちゃった。なんとなく危ないというか、「米国防総省からも常にマークされる電波な人大作戦」の臭いがする受け答えではあるが、なるほど、本当に困ってその感覚は少しだけわかるような気がする。まかちこん。フワフワと浮かんでいるメロディをキャッチする、誤ってあるいは何かが「降りてくる」という感じか。

  そんな彼でもスランプはある。だよねー。だよねー。迫田君のお父さん焦げ付いた不動産掴まされてるよねー。アンテナの受信感度が落ちているのか、あるいはあたりにメロディが浮いていないのか、いくら考えてもギターをいじっても、さっぱりフレーズが思い浮かばないことがまれにあるという。どんなに耳を塞いでも誰かがバナナを食ってる音が聞こえてくる。そういうときはすっぱりとギターから離れ、身分を偽って趣味のバイクで原野をぶっ飛ばしたり、自分自身のためにもあるいは静かに瞑想に耽ったりするそうだ。その結果、心の扉は閉まりっぱなし。

  天才ヴァイ師匠でもそんなことがあるのである。凡人な俺にスランプがないわけがない。奴には劇薬の「酢酸アントロニウム」を食事に一服盛ってやりましたけどね。ってそんな物質ないけど。ここは師匠に倣って瞑想に耽りたいところであるが、当然とはいえ時間もないのでとりあえず寝ることにする。やっぱりイイデス。

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  ということで、昨日の日記をちまたで話題の電波ニュースに通してみた結果が上の文章。ううむ、ところどころ自動的に挿入したとは思えないところがあるよなあ。しかしそうですかヴァイ師匠。バイクでぶっ飛ばす時は身分を偽っているのですか。せっかく瞑想に耽ったのに心の扉が閉まりっぱなしじゃ、ますます鬱に籠もってしまいそうな気が。それにしても「まかちこん」って何?
10月17日(火)
  今日はどうにも筆がのらないというかなんなのか、先ほどから数行書いては消し、違う話題で数行書いてはまた消し、ということを何度も繰り返している。いつもなら適当に何か書き始めれば、あとはほとんど自動書記状態で文章が完成されていくのだが、なぜだか今日は進まない。

  「ロック界の変態七弦魔術師」(性格が変態ということではない)の異名をとる、スーパーギターリストのスティーヴ・ヴァイ先生が某雑誌のインタビューで、なぜあなたはそんなに突拍子もないフレーズや曲を思いつくのか、という問いに対し、「メロディや音符は空中のあちこちにフワフワ浮かんでいる。体についているアンテナでそれらをキャッチし、あとはギターで音階をなぞって再現しているだけだ」と答えている。なんとなく危ないというか、「電波な人」の臭いがする受け答えではあるが、なるほど、その感覚は少しだけわかるような気がする。フワフワと浮かんでいるメロディをキャッチする、あるいは何かが「降りてくる」という感じか。

  そんな彼でもスランプはある。アンテナの受信感度が落ちているのか、あるいはあたりにメロディが浮いていないのか、いくら考えてもギターをいじっても、さっぱりフレーズが思い浮かばないことがまれにあるという。そういうときはすっぱりとギターから離れ、趣味のバイクで原野をぶっ飛ばしたり、あるいは静かに瞑想に耽ったりするそうだ。

  天才ヴァイ師匠でもそんなことがあるのである。凡人な俺にスランプがないわけがない。ここは師匠に倣って瞑想に耽りたいところである。が、時間もないのでとりあえず寝ることにする。


10月16日(月)
  前回散髪したのはいつだったか。致命的なバグだらけの俺の大脳皮質〜海馬をフル回転させ、そこに確かに収録されているにもかかわらずほとんど消えかけている長期記憶を、CAS before RAS 動作によって無理矢理リフレッシュさせてみる。コンデンサから漏れ出てくるわずかな電荷をかき集め、なんとか情報を再構築してみると、それは確か台湾に旅行に行く前だったから、おそらく八月の終わりごろだったようである。そうそう。その時はずいぶんと髪の毛が伸びてしまっていて、夏の暑い盛りだったこともあり、バッサリ短く刈ったのだ。襟足なんて「かりあげ君」を彷彿とさせる短さ。ある意味夏らしく、思い切りよく。そんなふうに切ったのであった。

  それからわずか一ヶ月半弱。早くもとぐろを巻く髪、髪、そして髪。夏の湿気が少し遠ざかってまだマシなものの、それでも渦巻く俺の髪。ううむ、どうしてこんなに伸びるのか。

  そういうわけで、デフォルトでもすでに制御不能な状態になっているのに、髪を洗ってろくに乾かさないで寝てしまった日にはえらいことになるのである。昨晩も風呂に入ったところで突如として睡魔が襲い、そのまま撃沈してしまったのだが、案の定、今朝起きて顔を洗いに洗面台に向かうと、おお、鏡の向こうにサリーちゃんのパパが。

  自然の造形というか、ナチュラルな芸術というか、我ながらその髪型には大変驚いてしまった。だがこれはこれで見ようによってはワイルドと言えばワイルドかもしれない。ふふ、俺もまんざらでも。と、あごに手をやったら、すげえバカみたいでしたがな。髪型が髪型だけに。


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