みくだり日記    2001年03月前半
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03月15日(木)
  予報通りに移動性高気圧が勢力を拡大したおかげで、今日は一気に春の陽気が濃厚となった一日。南から吹く生温い強風につられて気温もぐんぐんと上がり、最高気温は二十度を超したようだ。暖かいというより暑いと言った方が正確なぐらいの陽気である。それにしてもつい二日前に真冬並の寒さがどうこうと書いたばかりだというのに、この急激な寒暖の差はどうかと思う。まあこういう気候もいかにも春先といった案配だが、しかしこの短い間にこうまで気温差があると、ただでさえ花粉症で弱り気味なのにくわえて、いかに頑丈な俺でも体調を崩しそうである。そういえば今日は風に乗って運ばれてきた花粉が大暴れしたようで、一日中目がしょぼしょぼ、鼻がむずむずしてたまらなかった。ううむ、なんだか日に日に症状が重くなっていくような気がする。

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  春眠不覚暁 処処聞啼鳥 夜来風雨声 花落知多少

  <超訳>
  いやしかし春ってえのはよく眠れるもんで、気がつくといつの間にか朝になっちまってる。まあそれはいいんだけど、せっかく人が良い気持ちで寝てるのにやかましいっつうの、このバカ鳥。あんまりうるせえと焼き鳥にして食っちまうぞ。そういえば昨日の寝入りばなはやたらすげえ風と雨だったけど、こりゃあ庭の花も全部飛ばされちゃったよなあ。ああ掃除が大変。ま、面倒くさいからもう一回寝よっと。

  春ですなあ。


03月14日(水)
  ホワイトデー。

  抜けてしまった差し歯の治療のため歯医者へ。この差し歯を入れたのは確か十四、五年前だったか。こりゃもう古すぎて使えないから新しいのを、なんて言われたら、この物いりの時にどうしようと戦々恐々だったのだが、幸い差し歯自体の状態は悪くなさそうで、そのまま土台のインプラント部分に差し直してセメントで固めるだけで大丈夫だった。

  ということで、これでようやくすきっ歯のバカ殿状態からおさらばである。屈辱的な三日間だった。明日からは事あるごとに大声で笑ってやるのだ。笑って笑って笑いまくってやる。笑う角には福来たる。ええ来ますとも歯さえあれば。


03月13日(火)
  東大寺二月堂でのお水取りの時期もやって来たというのに、今日もまるで真冬並の寒さ。つい先日までの春の陽気が嘘のようである。だがこの寒波も今日までで、明日からはだいぶ暖かくなるという天気予報だ。ありがたいことだ。もう寒いのもいいかげん飽きた。頑張れ春の移動性高気圧。大陸の極悪低気圧なんかに負けるな。俺は君の味方だ。

  ただし高気圧が頑張ってくれたおかげでぼんやりうららかに晴れるのはいいけど、そうするとついでにスギ花粉も飛ぶのが大変困る。ということで、あんまり肩肘張らずにテキトーに頑張っていただきたい。春っぽく。

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  俺が所属する職場では、現在風邪が静に流行中である。まあ狭い職場で四六時中顔をつき合わせているのだから、誰かがどこかから風邪を持ち込むと瞬く間に伝染してしまうのは仕方がないが、年明けあたりから次々順繰りに風邪の餌食になっているのだった。

  職場以外でもまわりを見渡してみると、誰それが風邪で寝込んだなんて話をよく聞くので、世間一般的にもそこそそこ流行していると思っていたのだが、しかし意外にも今冬のインフルエンザ患者数は過去十年で最低だったそうである。今年それほど流行しなかった理由についてはよくわかっていないようだが、日本の場合は三年前の大流行で多くの人がウイルスに感染し、免疫が出来たためという説もある。ただこれも嵐の前の静けさで、突然変異によって新型となったウイルスによる世界的な大流行がいつ発生しても不思議ではない。日本では今年の流行が穏やかだったことで免疫のない人が増えたから、来年あたりは要注意である。

 ところでこの季節といえば花粉症である。花粉症の原因として戦後にやたら植林されたスギがちょうど花粉をつける時期に育ったからとか、NOxなど大気汚染が複合してなどと言われているが、もう一つの原因として現代人の免疫機構の不活性化も指摘されている。本当かどうか知らないが、昔の人はお腹の中に寄生虫を飼っていたため、免疫バランスが適当に強化されて花粉のアレルギーなぞ発症しなかったという学説もあるらしい。

  風邪も花粉症も体の中の免疫システムによって引き起こされるわけで、ここはひとつ腹の中に寄生虫の一匹も飼っておくと風邪もひかず、花粉症も治って、ついでに「寄生虫ダイエット」なんてのもあるからダイエット効果も期待できて一石三丁でいいかもしれない。度胸一発で生のタニシかサバでも食ってみるか。ああ、食事中の方すみません。


03月12日(月)
  自慢ではないが昔から虫歯には幾度か悩まされていたのであった。一応は朝晩かかさず歯磨きしているにもかかわらずそれでも虫歯になってしまうのは、いかにも低レベルなブラッシング技術の所縁であるのかもしれないが、その治療の代償として、口の中には銀歯、詰め物の類が燦々と光り輝き、そしていくつかの差し歯も有する私である。虫歯は痛い。麻酔注射も痛い。歯を削るタービンの音が怖い。だから歯医者はすげーいや。よってできれば口腔内の秩序を平穏無事に保ちたい。しかるに今朝も低レベルの誹りを受けつつ黙々と歯磨きを行うのだった。

  ところがその途中、ごりりっという鈍い衝撃とともに、固く白い物体が突如として口の中に出現したのである。おいおい取れちゃったよ差し歯。力入れすぎっすか。激しく磨きすぎっすか。しかし何故取れるか差し歯よ。しかも前歯である。すきっ歯である。鏡に向かってニカッと笑ってみる。田舎のガキみたいである。バカ殿みたいである。

  しかしまあ取れてしまったものは仕方がないとしても、このすきっ歯状態でいつまでもいるわけにもいかない。ということで、またしても歯医者通いとなってしまった。

  それにしても前歯が一つなくなっただけでどうしてこうもバカっぽい顔になるのか。しばらくはできるだけ歯を見せないように、無口でニヒルな男を演出せねばなるまい。

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  ■ミール落下 真の脅威は微生物?
  過去十五年の間、宇宙空間という過酷かつ特殊な環境でミール船内の微生物が放射線などの影響で突然変異を繰り返し攻撃性を強めているとされ、今月末の大気圏再突入でそれらの微生物が地球にばらまかれることになるのでは、という話。まるでマイケル・クライトンの「アンドロメダ病原体」そのままの、実にバイオ・ハザード SF チックなトピックである。まあ普通に考えると、たとえそうした微生物が存在しているとしても、大気圏突入の時の衝撃と高温であらかた死滅してしまいそうな気もする。しかし相手は宇宙生物(と言っていいのか)である。宇宙船での十五年をかけた進化の末に、耐ショック・耐高温特性を獲得した種もいるかもしれない。

  ところで「アンドロメダ病原体」では、人工衛星に付着していた病原体によって衛星が落下した小さな町の住民はただ二人を残して全滅してしまう。その助かった二人とは、空腹のためか泣き続ける赤ん坊、そしてもう一人は酒飲みの老人であった。なんとなく“酒飲みの老人”っていうと、ウオッカでへべれけになったよいよいのジイサマを想像してしまうが、ううむ、これってまさかロシアのことか。すると泣き続ける赤ん坊とはどこの国のことだろうか。本当にこの小説のようなことが起きないことを願いたい。


03月11日(日)
  ううむ、二日更新しなかったけど、まあいいか。最近日記書きのモチベーションがちょっと低し。花粉のせいだろうか。そういうことにしておこう。

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「かめくん」(北野勇作著:徳間デュアル文庫)読了。
  「木星戦争」なる誰もその実体についてよくわかっていない謎の戦争に投入するために開発された、自律行動式カメ型ヒューマノイド・模造亀(レプリカのカメだからレプリカメという)のかめくん。以前に働いていた工場は閉鎖されてリストラの憂き目に会う。寮を出なければならなくなったかめくんは、新しい住居として大阪(だと思われる)の下町にあるクラゲ荘にすむようになり、新しい職に就き、新しい生活を始める、という話。

  本来ならば“戦争のための兵器”であるかめくんを描く悲惨な話になりそうなものなのに、悲惨さを思わせる描写はほとんど表れない。ストーリーも一応あるにはあるけれど、淡々と進む日常描写がこの小説の基本である。かめくんは街を歩き、子供にいじめられ(仕返しもするが)、猫に触れ、紅白歌合戦(この時代にまだやってるとは)を見ながら好物のリンゴを食べ、するめもかじる。ちょっと口は悪いが気のいいアパートのおばちゃんとかめくん。フォークリフトの運転手としてのかめくんと、職場の人々とのほのぼのとした交流。本好きなかめくんが通う図書館のアルバイト司書への淡い恋心。たまに巨大カメ型ロボットに乗って巨大ザリガニと戦うこともあるが、おおむね平和な毎日。そんなかめくんの牧歌的で普通の日常を描きつつ、近未来の話なのにまるで昭和三十年代を思わせる妙にノスタルジックな下町情緒の中、ゆっくりゆっくりと物語は進行してゆく。しかしそのきわめて普通な日常の中に、かめくんが背負う“兵器”としての業がちらりと顔をのぞかせ、かめくんの行く末の暗さを暗示する。

  というように、あくまでもかめくんの“のんびり淡々とした日常”と、時にほんの少しだけ見せる“戦争のための兵器”としての非業さというコントラストが、奇妙なテイストを醸し出している不思議な小説である。すこし切ないラストもいい。良い作品を読ませてもらった。


03月08日(木)
  やはり昨夜の予感は当たっていたようで、今朝起きてみると昨晩に比べて体のだるさがさらに重くなり、喉もヒリヒリと痛い。いつもの風邪っぴきの時のように一気にどかんと体温が上がる、ってことはないような気配だが、一応大事を取って会社はお休み。まあこれぐらいなら行って行けないこともないのだけど、こんな調子で仕事をしたって能率は全然上がらないし、他人にうつして迷惑をかけることにもなりかねない。弱ったときは十分休んでしっかり直す。下手に無理してダラダラ長引かせることになるのが一番つまらないのだ。

 ということで今日は会社はお休み。まあ体調がすぐれないのはおいておくとしても、たまには平日にこうして一人でぼけっとするのもいいものである。電話もなければ来客もない。誰とも会わず誰とも喋らず、会話は全て自分の心の中での独り言だけ。たまっていた本もずいぶんと読み進めることができて、有意義といえばそんな一日。

  本を読んだりウトウトしたりと、外出もせず(今日は大変寒いのだ)ほとんど体を動かさずに休んだおかげで、夕方すぎにはだいぶ復活。体のだるさもあらかた消え、珍しくほとんどタバコを吸わなかったから喉の痛みもほとんどしなくなった。これなら明日は出勤できるだろう。

  今日休んでしまったぶん、明日やらなければならないことがずいぶん増えてしまった。でも今週残るはあと一日である。まあほどほどに頑張りましょうか。


03月07日(水)
  なんだかすっかり花粉症日記と化してしまった感があるこのページだが、しかし花粉は花粉なんだから仕方がない。仕方がないけど鬱陶しい。鬱陶しいからくしゃみ止まらず。

  が、どうも花粉のせいだとばかり思っていたこのくしゃみや鼻水は、どうも本格的にひいてしまった風邪によるものらしい。晩飯を食ったあとあたりからだんだん喉が痛くなってきたし、体も妙にだるい。風邪のひき始めの前駆症状そのものだ。そういえば職場ではここ二週間ぐらいのうちに何人も風邪でバタバタ倒れていたからなあ。しかしこうまでくしゃみや鼻水が続くと、どこまでが花粉症でどこからが風邪なのかよくわからんな。とりあえず今日はとっとと寝るに限る。


03月06日(火)
  今日はよくあるリンク日記風。手抜きですいません。

  PlayStation2 で動作する Linux を公開してもらうための署名運動
  もともと PlayStation2(PS2)の開発ツールは Linux ベースだから、移植は比較的簡単らしい。もっとも「Linux for PS2 のソースが公開」されるだけではダメで、Linux for PS2 をなんらかの方法でコンパイルして(PS2で認識できる)メディアに焼いて、さらにそこからブートする方法が公開されないと、たとえ移植したとしても動かすことはできないだろう。その方法が公開されるとは限らないし、されないだろう、という憶測もあるようだ。しかしそもそも PS2 に Linux を移植してそれで何をやるのか、という根元的な問いがあるわけだが、「なんか面白そう」という気持ちは大変よく分かる。

  もし仮に PS2 で Linux が動くようになったとして、どこかのハッカーの手によって X-window なんかも立ち上がるようになっちゃったりすると、おおそうか、「BIOHAZARD」と「GT3」を別ウインドウで同時に遊ぶこともできるかも。ううむ、これは楽しいかもしれない。しかしそうなると当然解像度の低すぎる普通のテレビじゃどうにもならないから、高解像度の PC 用モニタを接続できるようにビデオドライバも作って、ワーク領域とデータ保存用に HDD(もちろん i-LINK 接続だ) もくっつけて、当然キーボードは HHK 、マウスは三ボタンをエミュレートできるやつ、対戦ゲーム用にネットワークカードともしかしたらプリンタも必要になったり…。…なんだか Linux 上で動く PS2 エミュレータを作った方が早いような気もしてきた。

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  J-phone、次世代携帯電話サービスの開始を半年延期
  がーん。せっかく今年の年末に次世代サービスが始まったら速攻で機種変更しようと思っていたのに。しかしこれでますますドコモの一社寡占状態が進行することになるよなあ。

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  ああそれにしても目が痒いのである。去年はこんなに痒くなかったような気がするのだが、これはどうしたことか。去年よりもアレルギー反応が一歩進んでしまったのだろうか。スギ花粉情報のサイトを見ると、今日はまだそれほど飛散量は多くないとのことだが、本格的に花粉が飛んでいないのに早くもこれじゃあ先が思いやられる。
03月05日(月)
  古くからの知り合い O 氏夫婦に、待望の女児が無事誕生との報。初産は遅れがちとはよくいうものの、予定日は二月中と聞いていたのでちょっとやきもきしていたのだった。まあ外野があれこれ心配しても仕方がないことだったとは言え、とにかく母子ともに健康とのことでほっとする。なにはともあれ春からめでたいことだ。満開の梅の花に祝福され、この世に新しく生まれた小さな命の未来に、幸が多からんことを心より願う。

  ということで新生児である。「乳幼児足裏マニア」の俺としては、さっそく近いうちに足の裏を触りに行かねばなるまい。ああ生まれたてはさぞや柔らかかろうなあ。ぶにゅ。


03月04日(日)
  熟考の末、結局車を買い換えることにしたのだ。今までの車とはほぼ百八十度反対を向いた、全く別物の車種。久々のマニュアル車である。教習所時代はともかくとして、ずいぶん前にマニュアル車には乗ったことはあるのだが、ここのところほとんど AT しか運転していなかったので若干の不安はある。ディーラー営業氏曰く「これでも歴代よりは軽めのクラッチになったんですよ」とのことだが、運転中休むことに慣れまくった俺の左足にはじゅうぶんに重く感じる。その前にペダルを軽く持ち上げて半クラッチで発進、なんてできるのか。

  まあ普通の車と比べると低速トルクは死ぬほどあるから、クラッチを多少乱暴に繋いでもエンストはしないと思うが、逆に常に「ロケットスタート」状態になる可能性もある。なにはともあれ、車が来たらまずは発進の練習からだな。納車はうまくすれば今月中にいけるかも、ということだから、せいぜいそれまで WRC の DVD でも見てイメージトレーニングをしておこう。全然参考にならないが。

  ちなみに色はまたも漢(おとこ)のブラックだ。黒はとにかく洗車が大変、という過去の車歴から何一つ学んでいないこんな自分がわりと好き。


03月03日(土)
  我が家では最近、土日の朝昼兼用で常食としているのがマクドナルドである。マクドナルドといえば「平日ずーっと半額」だ。ハンバーガー六十五円。これってコンビニで売っているお世辞にも美味いとは言い難いぺったんこのハンバーガーの半分以下の値段である。それどころかヤマザキのコロッケパンよりも安い。出来たてほかほかがこんな値段で買えるなんて、まったくいい時代である。

  ところでこの「平日ずーっと半額」が始まるまでは、土曜だろうが月曜だろうが今の「平日ずーっと半額」の倍額、つまりは今の「土日の値段」が「普通の値段」だったわけだ。それがいきなり半額である。よくもそれで商売が成り立つものだと思う。多分土日に比べると平日の方が客が多いし、半額と聞いてついつい注文してしまう人達も大勢いるから、結局半額にしても総売上はさほど変わらないとふんだのだろう。しかし逆に考えると土日はあまり客がいないわけで(我が家の近所の店舗は土日の方が客が多いような気もするが)、だったらいっそのこといつも半額にしてしまえばいいのではないかと思う。まあもっとも土日くらいは「普通の値段」にしておかないと、一体何に対して「半額」なのかわからないという問題はあるが。

  それはそれとしてもだ。一週間七日間のうち、土日は二日で平日は五日。つまりは二日間が「普通の値段」で残りの五日が「ずーっと半額」なのだから、一週間のうちで半額にする日の方が圧倒的に多いのだ。したがって世間一般的な数の論理的常識的見地で言うとするならば、平日の値段が「普通の値段」で「土日は倍額」と表現するのが正しいのではないか。確かに土日値段で正規化するならば「平日ずーっと半額」は正しい。しかしそれはみせかけのマジックである。情報操作である。善良な市民の金銭感覚を麻痺させる、マクドナルドの巧妙な罠なのである。許すまじマクドナルド。今こそ立ち上がるのだ消費者よ。「土日倍額」を認めさせるその日まで、邪悪な M マークと闘うのだ!

  という論理をかみさんに向けて展開したところ、「黙って食え」と言われたのだった。ごもっともでございます。


03月02日(金)
  いろいろあって本日も深夜まで残業。後輩 J がもう終電がないというので車で家まで送っていった。後輩 J の家は湾岸沿いのとある市街地。会社からだいたい一時間の距離である。そのあたりは何度か通ったことがあるのでだいたいの道程はわかるものの、細かい曲がり角などは今ひとつ自信がない。後輩 J も車を持っていないので、家周辺はともかくとしても、幹線道路からどこを曲がった方が良いとかあちらを通った方が近い、などはよくわからないらしい。

  しかし慌ててはいけないのだ。道がわからないなぞなにするものぞ。こういうときこそ俺の自慢のナビ・システムの出番ではないか。いつもは会社と家との往復というほとんどナビの意味の無い道路を黙々とナビゲーションしている俺の PC ナビ・システム。今こそその威力を発揮し、正確無比なる GPS 性能を思う存分満天下に知らしめてやるのだ。

  が、こういう日に限って PC を持ってきていない私である。ああ役立たず。一体なんのためのナビなんだか。しかたなく後輩 J を人間ナビ・マシンに仕立て上げ、地図と首っ引きで深夜の町を彷徨うのだった。

  ところが後輩 J 、筋金入りの方向音痴という事実が発覚。かくして迷路のような市街地を、さながらジプシーのようにさすらい走る羽目となった。

  さんざん迷った挙げ句になんとか無事に後輩 J を送り届け、ほうほうの体で帰宅したのは結局午前二時。疲れた。


03月01日(木)
  今日から三月。もう二月が終わってしまった。このあとすぐに春がきて夏が過ぎ、秋冬もよせてはかえし、暮れだ正月だ、ということになるのだろうか。月日は百代の過客、とはよく言ったものであるなあ。しかしこう不自由もなく季節の変化を味わっていられるのも今のうちであろう。せめて今は過ぎ行く時間を精一杯感じ取るようにしたいものだ。などと妙に感傷的になる今日この頃である。ああそれもこれも花粉にやられた右脳のせいか。そうだそうに違いない。今日は雨なのでちょっと一息といったところだが、飛散量が多くなるのはこれからが本番。感傷に浸りすぎて鬱になったらどうしよう。

  ところで今年の冬は当初の予想に反してかなり寒かった。関東でも何回か大雪が降ったし、東北や北陸ではもはや雪害と言えるほどの記録的な降雪量だった。北海道北側沿岸の流氷もかなり多いらしい。翻ってみると昨夏は大変な酷暑で、おまけに大雨の被害も各地で発生したのは記憶に新しい。夏に暑くて冬に寒いのは結構なことではあるが、しかしものには限度というものがあって、何事も度を超すと大変困ることになる。ところでこうした異常気象はなにも日本だけではなく、最近は地球規模での大雪や大雨、あるいは大寒波、干ばつ、洪水が頻発している。それもこれも温暖化の影響だとの説が有力だとのこと。『天災は忘れた頃にやってくる』は寺田寅彦の言葉だったが、前世紀のエネルギー浪費のつけがどんな形で現れるのだろうか。

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  アメリカの惑星協会が太陽光を推力とする宇宙船の計画を発表した。原理的にはヨットが風を帆で受けて進むが如く、大きな帆を張って太陽光による圧力で推進するというもの。たかが光の圧力で何百トンもある宇宙船を動かせるのかと思いきや、そこは高真空・無重量の世界のことである。光の力もそうそうバカにできないらしい。

  そういえば中学の理科で、真空のガラスの容器に入れた羽根車に強力な光線を当てる面白いようにクルクル回るという「光の粒子性(光子)」の実験をやったのを思い出した。これを原理にサイズを猛烈にでかくしたのがこの宇宙船の推進システムで、いわば「光子力ヨット」というわけである。ううむ、「光子力」なんていうとどうしてもマジンガー Z を思い出してしまうなあ。パイルダー・オン。

  まあしかしなんとも SF チックな構想であるが、かの機関は実用化を真剣に考えているようで、地上でのセイルの展開試験を今年の四月頃に行い、さらに年末には実際にソーラ・セイルを宇宙に打ち上げて本格的な実験を行うそうである。いつかこんな船が火星まで行く時代が来るのだろうか、と想像するだけで愉快ではないか。


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