みくだり日記    2001年11月後半
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11月29日(木)
  本日もあいかわらず subject が「Re:」だけのメールが数通きている。巷ではこの「WORM_BADTRANS.B」やさらに感染力が強力という「WORM_ALIZ.A」が相当出回っているようで、各所の日記や掲示板などをのぞいてみると、あちこちでウイルスネタが散見される。そのほとんどは「ウイルス入りのメールがたくさんやってきて鬱陶しい」という話題。ウイルスに感染するのはもちろん嫌だが、そのとばっちりを受けまくるのも確かに迷惑このうえない。

  今回の一連のウイルスも最近のワーム系ウイルスのトレンド同様に、Outlook Express(OE) や Internet Explorer のセキュリティホールを突くというやり方である。確かに OE のプレビューウィンドウにメールを表示しただけで感染するというのは、それはそれでなかなか面倒ではあるのだが、逆にお手軽で稚拙とも言えるわけだ。「明示的に実行しないプログラムは、ただの数列(あるいはメモリの肥やし)でしかない」というコンピュータの基本に立ち返れば、自ずと防衛手段も見えてくるものだろう。要するにかいつまんで直球で言うならば、OE なんか使うなバカ、ということだ。まあ最近は winsock を乗っ取るタチの悪いヤツもいるから、あながち OE ばっかりじゃないんだけど。

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  明日は職場の飲み会のため、みくだり日記はお休みする可能性が大。まあ最近は若干不定期更新気味なので、こうしてわざわざ宣言することもないのだが、とりあえずはお知らせまで。ついでに言うと明後日も結婚式出席のため、お休みするかもしれないがしないような気がしないでもないかもしれない。どっちなんだ。

  そういえばその結婚式、朝から横浜だった。なのに前日は飲み会。ううむ、ほのかに嫌な予感がしないでもないような気がしないでもないかもしれない。する。


11月28日(水)
  ここ数日ばかり、「RE:」とだけ件名が記されたメールが何通もやって来ている。送信者は皆全然知らない人ばかり。ヘッダを見てみると、「Content-Type」が「text/html」となっているのでどうやら HTML メールのようだが、本文には何も書かれていない。なんとなく最近流行のワーム系ウイルスによる生成物っぽい。だがそれにしては肝心の添付ファイルがないのがおかしい。

  と思って調べてみると、どうもこれは 「WORM_BADTRANS.B」とよばれる新種ワームのようだ。ここの記述によると、このウイルスには添付ファイルをエンコードするプログラムにバグがあり、ときおり添付ファイルなしのスカ・メールが送られてしまうらしい。時限爆弾を送りつけたはいいが、駆動用の電池が切れていた、みたいななんとも間抜けな話だ。どこかの心電計じゃないんだから、どうせやるならちゃんとデバッグしてから世に出せ、と私は言いたい。どうもすいません。

  まあこんなスカ・メールが送られてきたところでゴミ箱直行なので、とくにこれといって実害はないのだが、しかしこう毎日毎日送りつけられるといい加減鬱陶しい。そういうことで埼玉在住の xxxxx@boreas.dti.ne.jp さん。どこのどなたか存じませんが、あなたの PC、ウイルスに感染してますよ。あなたの PC が今後どうなろうと私の知ったことではありませんけれど、あなた以外の世のため人のため、是非ともきちんと駆除されることをおすすめします。

  というかウイルスなんかもらうなよ。


11月27日(火)
  今日は朝から神奈川県の大船まで外出である。大船と言われても、関東の地理に不得手な方はそれはいったいどこなのかピンとこないかもしれないが、とにかく千葉から大船までは果てしなく遠い、ということだけは知っておいて頂きたい。道中は電車を乗り継ぎ乗り継ぎ二時間超。もはや小旅行と言っても過言ではない所要時間である。できればどこか近くに前泊でもして、ゆっくり余裕を持って外出先に向かいたい。是非是非そうしたい。

  だが私を雇用する会社では、片道百キロ以上の外出から出張扱いにするという規定があるのだった。千葉と大船の距離、約六十キロ。今、地図を見て測ってみました。ということは、やっぱりダメですか、前泊。

  千葉から大船。それは果てしなく、そして中途半端に遠い。


11月26日(月)
  週末はかみさんの父親の父親、つまりは祖父にあたる人の二十三回忌法要に出席。幸いこの週末は天気も良く、寒さも緩んだ実に法事日和な陽気のなか、滞りなく式を行うことが出来た。まあ陽気に法事向けもないものだが、暖房のないお寺の本堂で御坊の経を聞く時に寒いのはかなわない。出席したかみさんの親戚はかなりの年輩の方も多く、これで冷え込んだ日だったりしたら、お迎えしたのかお迎えが来たのかわからなくなる。なんてことを。

  ところでこういう法要は宗派や地域の習慣によって微妙に違うようだが、一般的には、一、三、七、十三、十七、二十三、二十七(二十三と二十七回忌を合わせて二十五回忌とすることもあるらしい)、そして三十三、あるいは五十回忌で「弔い上げ」となって終了、というパターンだそうである。こういう行事に疎い私でもさすがに十三回忌や十七回忌ぐらいまでは知っていたが、三十三、あるいは五十回忌でとりあえず年忌法要は終わり、というのは知らなかった。弔い上げとなったあとは「先祖代々」に仲間入りして子孫の代が供養するわけらしい。さすがに死んでから三十年から五十年もすると、故人の見知った人はほとんど鬼籍に入るだろうから、「先祖代々」として祀るほうがなにかとよかろうという配慮なのだろうか。

  それにしてもこういう行事をやってみると、こうして故人を偲んだりということをあと何回かして、そして自分の番を待つだけのところにもう来ているんだな、とふと思う。祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり。昔の人は良いことを言うものである。


11月23日(金)
  勤労感謝の日。で祝日のはずだが、今日も休日出勤。なんだかここ数年、勤労感謝の日はほぼかかさず出勤しているような気がする。勤労に感謝する日。素晴らしすぎて、涙が出る。

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  先日のしし座流星群の時に取った写真を別ページにしてみました。お暇なら是非に。
11月22日(木)
  今日は恵比寿にある某企業へ外出。朝から夕方まで一日中打ち合わせだった。ううむ、さすがにかなり疲れる。

  ちなみに恵比寿といってもそこは限りなく代官山に近く、おしゃれな店が建ち並ぶあたりである。道行く人もなんとなくハイセンスな感じ。手に手に資料を持ってヨレヨレ歩くオヤジ集団は、完璧に浮いておりました。ほっとけ。


11月21日(水)
  アメリカンリーグの今年の MVP に、シアトル・マリナーズのイチローが選出だそうである。イチローが今年残した数々の成績を鑑みるに受賞は当然と言えるだろう。それにしてもいかにイチローが素晴らしい選手だとはいえ、それは日本でのこと。正直メジャーでここまでやるとは思ってもみなかった。イチローが凄すぎるのか。あるいはメジャーがそんなもんなのか。

  そのイチローの古巣であるオリックス・ブルーウェーブ。昨年までイチローひとりでもっていたと言っても過言ではないチームだが、そのイチローがメジャーに去り、同時に一時の勢いはすっかりなくなって今年は B クラスに低迷。そんなチームの沈滞ムードを一気に解消するため、このオフに十四人もの選手の首を切る荒療治に打って出た。イチロー亡き今(死んでないが)、チームの活性化を図るためには、まずは闘志無き者は去れということだろうか。

  そして先日のドラフトでも、出ていった分をそのまま補充する大量十四人を指名。オリックスの場合、指名しても拒否されるパターンが近年結構多いから、それを見越しての大量指名なのだろうが、それにしても十四人は凄い。下手な鉄砲もなんとか、というやつか。ちなみに下位指名の選手はほとんど契約金ゼロ提示。このへんがなんともセコいというか。

  ところで最後の十五巡目に指名された橋本泰由投手の肩書きがおもしろい。「湯川中学教員」だそうである。先日引退した智ノ花の野球選手バージョンといったところか。活躍を願いたい。


11月20日(火)
  しし座流星群を観測に出かけた月曜日は、当初は夜が明けてからとりあえず二、三時間車の中で仮眠し、適当なところで起きて麓の温泉に入って帰ろうと思っていたのだった。標高二千メートルの山の頂、そして季節は晩秋とはいえ、いくらなんでも車の中であれば寒さを凌げよう。そう考えていたのである。しかし山の寒さは予想をはるかに超えていた。山を甘く見るんじゃねえ。マタギの声が今にも聞こえてきそうである。マタギって誰だよ。

  とにかく寒い。寒すぎる。地面に寝ころんで空を眺めていたときはあまりの流星の多さに興奮し、アドレナリン大放出でほとんど寒さを感じなかったのだけど、観測を終え、ふと我に返ると途端に強烈な冷気に襲われるのであった。当日は一晩中雲がなく、そのため放射冷却現象もあったのだろうか、とにかく朝方の冷え込みは半端なものではなかった。あまりの寒さに、人も車も寝袋も夜食のパンもカメラのレンズも、あまつさえ沸かしたばかりのポットのお湯も、外気に触れる何もかもが凍りつく。いったい氷点下何度まで下がったのだろう。

  そんな寒さのなか、表にいたら確実に凍死しそうである。ということで寒さからなんとか逃れようと車に乗り込みエンジンをかけ、エアコンを暖房全開にスイッチオン。しかし車体を通して地面からはい上がってくる冷気に、停止したアイドリング状態での暖房なぞほとんど役に立たないのであった。逆・焼け石の水状態である。エアコンの吹き出し口からは、わずかに温度が上がったヌルい風が出てくるだけで、車内の温度は一向に上昇しない。何重にも防寒着を着込み、なおかつ寝袋にくるまっても強烈な寒さが体を襲う。とうてい仮眠どころの話ではなくなってしまった。というか、あの状況で一度寝てしまったら、それはおそらく永遠の眠りになってしまったであろう。

  そんなわけで、あまりの寒さに予定していた仮眠はほとんど取ることできず、ほぼ完徹状態でふたたび二百五十キロの道のりを帰ってきたわけである。さすがにダメージは大きく、昨晩は普段よりもかなり早めに就寝したものの、今日は完徹と長距離ドライブの後遺症に一日中苛まれていたのだった。

  ということで大変眠い。とにかく眠い。死ぬほど眠い。今なら三秒間目を閉じているだけで確実に眠れあおいあっっっっっっsd。ぐう。


11月19日(月)
  ということで、見てまいりましたしし座流星群。標高二千メートルの山頂で、雲量ゼロ、透明度抜群という最高の条件のもと体験した大出現は、「凄い」の一言としかいいようがない素晴らしいものであった。既報によると、出現ピークだった午前二時から明け方にかけては一時間で三千個ほどの流星が見られたそうだが、地面に寝ころんで空を見上げていると、ほぼ一秒に一個、時には同時に数個の流星が視野のどこかに流れるという案配である。千九百六十六年の時の大出現ではアメリカのアリゾナでは一時間に十五万個(どうやって数えたのか)の流星雨となったそうだが、今回はさすがにそれには及ばないまでも、しし座方向から流星が正に雨の如く放射状に降ってくるという様子は存分に味わえることができた。長年多くの流星群を見てきたけれど、昨日一晩で今までの総数をはるかに越える数の流星を見ただろう。

  ところで今回の大出現は、本来ならば先週末あたりから仕事の関係で日本におらず、見られず終いになるはずだった。だが例のアメリカでのテロ事件の影響で海外出張が中止に。おかげでこうして日本で流星群を見られたわけだが、もちろんテロ行為を肯定することではないとしても、時の巡り合わせに感謝したい気持ちで一杯だ。それともう一人、最新の研究理論とデータ解析により、今回の大出現の予想を見事的中させたアイルランドの天文学者デイビット・アッシャー氏にも最大級の謝辞を送りたい。この人がいなければ、おそらく一生に二度とないこの素晴らしい体験を味わうことは出来なかったと思う。アッシャー博士、あんたはすごいよ。

  いやあ、いいもん見せてもらいました。


11月17日(土)
  今日は私を雇用する会社が主催する学会が行われるため、年に一回の土曜日なのに通常営業な日。実は今日の出勤分は、ゴールデンウィーク期間中の五月二日にすでに代休として償却されている。まあ言ってみれば過去の借り分を今になって返しているようなものだが、なんとなく損をしたような気分になる。ここのところは普段でも休日出勤していて慣れているから、休みが一日減ったことによる肉体的負担という面では別にどうということはない。だがこれが休日出勤なら働いた時間分がそのまま手当として支給されるわけで、土曜日のくせにデフォルトとしての通常出勤でしかないと考えると、なんだか無性にただ働き感が大変強い。勝手な言いぐさだが。

  ちなみに以前は学会がある日は普段通り休みだった。しかし学会の準備や運営に当たっている社員の間から、会社が丸抱えで開催し多くの社員がかり出されているのに、学会に関係ない社員は休みなのは不公平ではないのか、という声が上がり、何年か前から全社的に通常出勤とするようになった。不公平と言いたい気持ちはわからないでもないが、しかしこれが以前のまま休日であったなら、たとえ会社丸抱えの学会のための業務であっても休日出勤扱いになるわけで、休日出勤手当による経済的メリットを考えると通常出勤にするよりも休日のままであった方がよっぽど良かったのではないかと思う。確かに代わりにゴールデンウィークの谷間が代休となるというのは魅力だが、どうせそんなポッカリ空いた一日なぞ有休を取って休みにしてしまえばいいだけのこと。まあ今さらどうでもいいんですが。

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  明日は「しし」を見るため再び長野へ。一晩中空を眺めて明け方そのまま帰ってくるのもかなりきついので、このクソ忙しいのに月曜日は有休を取ってしまった。まあこんなこともそう滅多にないし、たまにはいいだろう。と、各方面にお詫びしつつ、是非とも晴れてくれることを願う。
11月16日(金)
  当日記ページを書き始めて二年半。一日数パラグラフの比較的少ない分量とはいえ、こんなに長い期間よくもまあ書き続けたものだと我ながら思う。基本的に一度書いた文章はほとんど読み返すことがない私だが(自分の文章が嫌いなのだ)、それでもごくまれに、例えば過去に言及したトピックをもう一度調べたいとか、以前日記でリンクしたような気がするあのページをもう一度見たい、などという場合にログを漁ってみたりする。

  そこで気づくのは、あまりにあんまりな自分の文章力のなさと、そしてこれだけ続けているにもかかわらず、それが微塵とも向上していないという現実である。継続は力なりとはよく聞くフレーズである。なにかの物事を続けることで、本人の気づかないうちに実力を身につけること。あるいはそれを続けること自体が、いつしかパワーになること。しかしはたしてここをこうして駄文を書き続けることが、私個人何か力になるものとなるのか。何かを得るものがあるのだろうか。汚泥の海たる過去ログを浮遊しながら、疑問のバブルがいくつもはじけては消える。

  乳母の右に不燃物(1999年12月16日の記述より)
  この時何があったんでしょうか、私。


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