みくだり日記    2002年01月前半
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01月14日(月)
  ということで、京都を目指している私である。日本橋から三条大橋まで約五百キロ。新幹線に乗れば二時間そこそこで行ける距離ではあるが、これを走るとなると相応の努力が必要となる。なんとなく途方もないことを始めてしまったような気がしてならない。でも今までだって走っていたわけだし、その延長と考えれば到達不可能ではけしてない。京都の道も一歩から。走っていればいつかはたどり着くはずだ。なによりこうして何某かの目標ができれば、別の意味で走るのが楽しくなるに違いない。

  それにしても京都に着くのはいつ頃なのか。基本的に比較的早く帰宅できる水曜日と、週末の土日を合わせて週に三日走るとして、月に十二走。そのうち何日かは天候や体調その他の都合で走れないだろうから、だいたい平均して月に十回走れれば御の字か。そうすると一回の走行距離の平均を五キロとすると、月の総走行距離は五十キロ。その計算で行けば、今年の十月末には約五百キロ先の京都・三条大橋に到達するはずである。先は長いことよ。

  ちなみに調べてみると、江戸時代に男性の場合なら十四日程度で東海道を歩ききるのが一般的な旅程の目安だったそうである。すると一日平均して三十五キロ歩く計算か。ううむ、二週間毎日三十五キロ歩くのは相当きつい。昔の人は健脚だったのだなあ。


01月13日(日)
  京都って遠いっすね。

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  普段なら一週間なんてあっという間に過ぎ去っていく感覚なのだが、今更言うまでもなく、正月休みが明けてのこの一週間はダレきった体にはかなり辛いものがあった。それもこれも、こうなることがわかったいたくせに自堕落三昧に過ごしていた休み期間中の生活様式のツケが巡ってきただけである。適当に寝起きする昼夜逆転の生活から、突然朝ちゃんと起きて会社に行けと言われても、体内時計のリズムがいきなりそれに対応できるわけがない。そんな強烈な時差ぼけ状態でも、会社に来れば仕事をしなければならない。しましたともさ。こう見えても毎日二十三時ぐらいまできっちり仕事しているのだよ。

  そうして一種のショック療法でどうにか普段の生活リズムに体が慣れかけたところなのに、昨日からまた三連休である。「成人の日」がハッピーマンデー化されたおかげで、毎年必ず正月明けに三連休となるわけだ。これが良いのか悪いのか。なんとなく微妙なところのような気がする。どうせ平日が休みになるのなら、無理に三連休にするよりも、たとえば水曜日か木曜日を休みにした方が喜ばれるのではないか。

  経験上、一週間丸まる集中力が持続するというのはまれで、せいぜい二日がいいところである。たとえば仮に水曜日が休みになるのなら、二日働いて一旦休み、再び二日出れば土日に二連休、ということになる。二日間遮二無二働いて一日お休み、また二日カリカリ集中して土日にリフレッシュというリズムは、個人的にはちょうどいいような気がする。

  でも水曜日や木曜日が休みになったとしても、ほぼ間違いなく休日出勤するはめになると思われてならないのだった。三連休でも最終日の明日は出勤するし。


01月10日(木)
  新年の業務が始まって今日で四日目。休み呆けですっかり錆び付いていた脳内エンジンも、ようやくアイドリングが安定してきたという感じである。遅すぎですか。しかもまだアイドリング。責務ある社会人として、我ながらこんなことでどうかと思う。しかしアクセルを踏んでもエンジンが吹け上がらないんだからしょうがない。

  カブったプラグも、アクセルを床まで踏みっぱなしにしていればそのうち直るはずだが、それにしても全開になるのはいつになるやら。などと他人事のように思ってみたりする。この三連休で再びエンスト状態にならないことを切に祈りたい。


01月08日(火)
  そうきたか、新型 iMac。斬新といえば斬新だが、思わず液晶モジュールを外してみかん(葉っぱ付き)でも置いてみたくなるデザインだ。正月らしくっていいっすね。

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  今朝の出勤途中、ふとバックミラーを見やると、ふらふらとやたらに蛇行する車が後についていた。朝っぱらから酔っぱらい運転だろうか。しかしいくら正月だからって今日はもう八日。松もすっかり明けて、今日はただの平日の朝である。朝酒が許容される期日をとっくに超えている(もちろん正月だからって飲酒運転は御法度だが)。

  ところがよくよく運転者を見てみると、スーツ姿の若造が携帯電話のメールを入力しながら運転しているのだった。右手でハンドルを握り、左手に携帯。視線は前方ではなく、あくまでも左手側である。たまに打ち間違いでもあるのか、携帯をまさぐる左手に力が入るたびに車が左右に大きく蛇行する。なんなんだ、こいつは。通話しながら車や自転車を運転している真性低 IQ 者はたまに見かけるが、メールしながらというパターンは初めてである。運行速度は約時速五十キロ。正気の沙汰とは思えない。

  車を左に寄せてやり過ごそうかとも思ったが、あいにく片側一車線の細い道路で、停車したところに追突でもされたらかなわない。仕方なく出来るだけスピードを上げて車間をとるようにした。運良く幹線道路に出たところで別方向に去ってくれたが、それまでの十分間は気が気ではなかった。

  誰か遠隔操作で携帯電話を爆破できる装置を開発してください。いなけりゃ俺が作っちゃる。


01月07日(月)
  明日から通常業務形態に戻ることだし、さすがに今日は早く寝ておこうか、といつもよりかなり早めに床についた昨晩。案の定なかなか寝付けず、本を読んだりうだうだしているうちに、結局いつもの就寝時間になってしまった。それでも今朝はどうにか起床に成功。新年初日から半日休暇を使わずにすんでよかった。

  しかし起床には成功したものの、やはりどうにも体に切れがない。まあ朝方に体も頭も働かないのは今に始まったことではないが、なにせ人間の体というものは、一度自堕落な生活リズムにどっぷり浸かってしまったあとで、いきなりトップギアにチェンジできるはずはないのである。いや、それができる(私から見ると)奇特な人もいるのかもしれないが、私にはできない。できませんとも。どうだ。いばってどうする。

  ともあれ、新年明けて会社は始業し、またあの忙しい日々が戻ってきた。特に今年は年初から春頃にかけて、ドカドカやってくる案件の荒海を渡っていかなければならない。呆けている暇は寸時もないのだ。気合い入れてけ。おいっす。腹に力こめて。おいっす。おいっす。

  ま、明日から頑張りたい。


01月06日(日)
  ということで、本日で年末年始休暇は終了である。九日間の休みはあっという間に過ぎ去って、明日からまた通常の日々に戻る。さようなら休日の日々よ。私は君たちが大好きだったよ。今度会えるのはゴールデンウィークか。

  それにしても、この一週間あまりで昼夜逆転のすっかり自堕落な生活が染みついてしまったこの体、はたして元に戻れるのだろうか、と我ながら心配になる。そういえば明日は仕事始めということで、フレックスが解除だったような気がする。ということは九時出社か。起きられませんがな。

  なんだか年始めからまったくやる気がないことしきりだが、思い出してみるとややこしい案件がたまりまくっているのだった。あんまり惚けてばかりもいられない。まあぼちぼちやりますか。


01月03日(木)
  年始回り二日目の朝は、おせちの隣に平然と日本酒が並んでいる朝食で明ける。いくら正月とはいえ、それはちょっとどうなんでしょうか、とほんの少しだけ思ったものの、しかし飲んでみるとこれがまた以外と飲めるものである。塩気の利いたおせち料理だから冷酒がこんなにおいしく思えるのか。それとも起き抜けで未だ麻痺状態の味覚中枢が、偽りの信号を大脳皮質に伝達しているのか。しかしそれは朝酒。ボディーブローのようにあとで効くのである。

  午後からは再び横浜の実家に移動。夕方からは、横浜駅西口の某トンカツ店を借り切って行われる、高校時代の友人達が集まっての毎年恒例の新年会に参加した。ここは友人の実家が経営しているトンカツ屋なのだが、とりあえず集まる場所を借りているだけで料理や酒は基本的に持ちより。例年は近くのケンタッキーやダイエーから適当な食材を買いこんできて、比較的粗末な飲み会となるのだが、今年は誰かが持ってきた蟹、そしてどーんと鴨鍋が鎮座ましますという、近年希にみる豪華版であった。

  まずは蟹だ。爪のついた太い足を間接からボキリと折り、殻をぶち破って蟹肉を日本酒でいただく。素晴らしい。蟹味噌まで啜った殻はそのまま鍋に入れ、鴨鍋の出汁として利用。さっそくネギやら春菊やらシメジやらを適当に鍋にぶち込み、しゃぶしゃぶよろしく鴨肉をさっと湯通しして、まだ赤身が残る頃合いに素早く引き上げて(煮すぎると肉が堅くなる)、これまた日本酒とともにいただく。大変素晴らしい。日本に生まれたことを、神か仏かはわからんが、なにせそういうものに心から感謝したい私だ。

  横浜駅よりタクシーで実家に帰宅。本日は実家に泊。


01月02日(水)
  新年明けて二日。本日より毎年恒例、新年会回りの開始である。毎年一月二日から四日に渡る三日間で、私の実家プレ新年会 → かみさん親戚宅新年会 → かみさん実家新年会 → 横浜友人新年会 → 私の実家新年会 という怒濤の日程にて、千葉から神奈川を彷徨うことになるのだった。結婚して早十年、新年ノマド生活も年中行事になりもはや慣れたとはいえ、この短期間でこれだけの宴会と約 400km の総移動距離をこなすのはなかなかつらいものがある。三日間での総摂取カロリー約 10,000 kcal、総摂取アルコール量約 15L(いずれも推定)も、正直言って体に優しくはない。でもまあこれも正月。これこそ正月。

  まずは私の実家の横浜へ。出かける直前にネットで調べてみると、すでに都内を抜ける首都高速はどこも大渋滞らしい。正月早々みなさんいったいどこへ向かっているのか知らないが、こういうのを見ると日本は本当に不況なのだろうかと訝りたくなる。とりあえずは比較的空いているらしい湾岸線経由で横浜に向かうことにする。

  が、これが大失敗。湾岸に乗ったとたんにいきなりノロノロ渋滞であった。道路情報によると、浦安、葛西から都心を越えて遙か先の大井まで、二十キロ以上の断続渋滞とのこと。ううむ、やはり定石通り京葉道から首都高七号で都心を抜ければよかったか。来年は今年を教訓に是非とも京葉道を通ることにしよう。と、ここで思い返すに、そういえば去年は京葉道、その前は湾岸だったか。年ごとに湾岸と京葉道を交互に使って同じように渋滞にあい、その度に来年こそは反対側を通ろうと考えているような気がする。結局、どっちを通っても渋滞することに変わりなしということですか。

  予定時刻を大幅に越えて、ようやく横浜の実家に着。甥っ子姪っ子たちと適度に和んだり、おせちをつまんだりしてすごす。それにしても子供たちはずいぶん大きくなった。男の子は四才、女の子は七才という成長期真っ盛りだから見る間に成長していくのは当たり前なのだが、そろそろ抱き上げると、かかる体重が腰にくるようになってきた。この子たちとガチンコで相手をできるのも、あと何年だろうか。

  夜からはかみさん親戚宅の新年会へ。東名に乗ると、横浜からの下り方向はいたって快適なドライブが楽しめるが、反対の上り側は厚木 IC の先から横浜・町田 IC を抜ける辺りまで延々大渋滞。厚木の先も御殿場の山を越える近辺で相当混んでいるようだ。U ターンラッシュのピークは明日か明後日あたりだろうから、これらの車は行楽帰りか。こんなんじゃ一体いつになったら家に帰れるんだろうか、と余計な心配をしてみたくなる。。

  かみさんの親戚一同が集まっている秦野に到着後、さっそく飲み会に突入である。去年初めて飲んだ秦野の地酒を今年も痛飲。少し甘めの大吟醸酒なのだが、甘い割にはすっきりとした飲み口があいかわらずいける。

  ということで本日はかみさんの実家に泊。


01月01日(火)
  大晦日の晩は、例年通り自宅にてダラダラと過ごす。ホットカーペットの温かみを臀部に感じながら、年越し蕎麦を啜るいつもの年末である。ちなみにこの蕎麦は自家製手打ち。当初はスーパーかどこかで出来合いの麺を買ってくるつもりだったが、どうせ食うならここはいっちょ打ってみるか、と挑戦してみた。何度かうどんは打ったことはあるものの、蕎麦は今回が初挑戦である。

  ものの本によると、最初はいわゆる「二八蕎麦(小麦粉を二割、蕎麦粉を八割でブレンド)」が作りやすいということだったが、あいにく中力粉は品切れ中。しかたなくオール蕎麦粉の「十割蕎麦」にしてみた。まあなんとかなるだろう。蕎麦粉に水を適量加え、あとはひたすら手でこねくりまわす。ぼそぼそだった粉の塊が、打っていくにしたがって艶々の蕎麦団子状に変わっていく様は面白い。表面にモチモチ感が出てきたら、今度はめん棒で圧延作業。とりあえずまな板の上で延ばしていくのだが、実はこれが問題で、まな板では狭すぎてなかなか思うように蕎麦麺がひろがっていかない。ううむ、やはり麺打ち台を買うべきか。

  適当に延びきったところで麺を折り畳み、あとは包丁でザクザク切っていく。切りそろえた麺を沸騰したお湯に通して軽くゆでれば出来上がり。昆布だしの汁をざざっとかけて、さっそく頂く。蕎麦粉十割だからかコシが強烈で、喉越しというより噛みごたえ十分という感じ。やはり延ばしが足りないのか、若干厚ぼて風の麺だが、これもまた味である。最初はまあこんなもんですか。

  蕎麦を食った後、年賀状をどうにか書き終え、年が明けた数時間後に近所の神社に初詣。若干時間が遅かったからすでにお参りのピークが過ぎているのか、境内はガラガラだ。お賽銭を投げて今年一年の願いをかけ、おみくじを引いた。小吉である。まあまあ可もなく不可もなく、今年もいつも通りに行きなせえ、ということだろうか。

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  ということで、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。


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