みくだり日記    2002年03月後半
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03月31日(日)
  気がつくと三月も終わり。怒濤の一ヶ月でありましたなあ。

  早いもので現車を購入してから一年になる。購入当初は前車からのあまりのギャップにどうなることかと思ったが、さすがに一年も経つと車両感覚にもシフトフィールにもすっかり慣れた。コーナー毎にヒールアンドトゥをかましながら通勤路を疾走する毎日である(もちろん基本は安全運転だ)。もっとも私の運転技術程度ではこの車本来のポテンシャルを全て引き出しているとは思えないし(引き出すべきシチュエーションもそうそうないのだが)、そういう意味ではオーバースペックといえばそうなのかもしれない。でも走る、曲がる、止まるという、車を運転する基本的な楽しさを思い出させてくれた素晴らしい車であり、良き相棒である。一年経った今でも、思いきって買って良かったと、そう思うのだ。

  と、一年点検に出している間に、代車として借りた軽自動車(パワステなし)を運転しながらしみじみ思うのだった。


03月27日(水)
  「まれに見るバカ」(勢古浩爾:洋泉社新書y)読了。忙しくても本は読む。
  いまこの時代に跳梁跋扈する様々なバカ。その嫌悪すべきバカ達のあまりなバカさ加減は何故なのか。著名人から一般人まで、有名無名老若男女を問わず、バカのバカたる所以を次々と指摘していく本。

  著者によると、いわゆるところの「バカ」とは「自分および、自分の信じていることをまったく疑おうともせず、自分から一ミリも外にでようとしない」輩、また「恥を知らない」、「自分で考えようとしない」人間をバカということである。そしてこれらのバカは決まったように「俺はバカだから」と自称し、「もうバカばっかりやってますよ」と自嘲するのだという。こういう謙遜を装った嫌らしい居直りこそが、まさしくバカがそのまま現象しているのだと厳しく指摘する。

  本書で取り上げられている著名人の例でいくと、「小室直樹は自分の意見を表明しはじめると、いきなりバカになる」、「田嶋陽子は思想が生理になっている自己陶酔型バカ」、「テレビの力とも知らず、自分の力を過信した扇動家バカの田原総一郎」などという感じ。これらの人間を見ていて薄らぼんやりとは感じつつも、うまく言い表すことができない違和感みたいなモヤモヤを、ツボを突いた的確な分析により「バカ」と指弾する様は、確かになるほどと思う。このあたりの論理展開は、なんとなくナンシー関と通ずるものがあるような。

  ちなみに本書で「悲しすぎるバカ」として見るも無惨に滅多斬りされている石原里紗氏だが、この人って私の高校時代の同級生なのだった。以前に著書(「くたばれ専業主婦」)がいろいろな意味で話題になったときに、どこかで経歴を見て気づいたのだが、卒業アルバムを紐解いてみても全然記憶にない。いたかなあ、こんな人。

  ところで著書も一応読んでみたのだけど(もちろん立ち読みだが)、同級生の贔屓目に見ても勢古氏の圧勝ですか。


03月25日(月)
  髪が伸びて鬱陶しくなってきた。最後に散髪したのは昨年末だったか。中途半端に伸びてきた襟足が邪魔くさく、いいかげんバッサリと切りたいのだが、いかんせん暇がなし。しかしどうせここまで伸びたなら、いっそこのまま昔のように思い切って伸ばし続けてみるという手もある。ううむ、それも一興かもしれぬ。メタル魂復活か。いってみますか、まずは肩まで。

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  ■自律制御システムによる家庭用掃除ロボ
  松下が世界初の一般家庭向け自動掃除ロボットを発表。従来の同種のロボットはゴミの取り残しの多さが欠点だったが、今回の試作機では、まず部屋の外周沿って掃除し、次に縦横の順に走行してゴミの取り残しを少なくしたとのこと。この手のロボットの場合、問題はどうやって障害物を避けて走行していくかだが、測距用の二種類のセンサー(赤外線センサ/超音波センサ)と方向認識用のジャイロセンサーを併用して、障害物と自分との位置関係を認識し、自動的かつ自律的に道を選んで進んでいくらしい。

  測距システムを使って自動走行するあたりは、要するに昨今流行のロボットコンテストに出てくるロボットの親戚みたいなやつだが、用途が一般家庭向けだけあって、そういう位置認識系センサ以外にも階段などの段差から転落を防止する段差センサや、ストーブなどの熱源に近づかないための熱センサ、車輪空転時のスリップセンサ、上から押さえつけられたときの過負荷センサなどなど、本体には全部で五十個のセンサが搭載され、事故防止、安全対策もしっかり押さえている。このあたりは、さすがトップ家電メーカが本気で作るとこうなるというところか。機能限定のロボコン用マシンじゃ、こんなところまで考えない。

  ということで、なかなか興味をそそるものではあるが、しかしこの電子ジャーみたいなデザインはもう一ひねり欲しかったような。物が実用家電だけに無難な感じにしてみたのだろうけど、どうせ試作機なんだからもっとアバンギャルドなデザインにすれば面白かったと思う。普通の掃除ロボット然としたデザインはいかにも松下っぽいなあ。これがソニーだったら、きっともっとサイバーな感じに仕上げてくるのじゃなかろうか。

  今のところ値段は数百万円ということだが、二三年後の実用化段階ではそれなりの値段に落ちてくるのだろうか。そういえば我が家の掃除機も十年選手。そろそろ寿命も近い。次に買い換えるときはこれだな。


03月23日(土)
  本日も休日出勤。ようやく蜘蛛の糸の先っちょが見えてきたような気がする。気のせいかもしれないが。ともあれ、登り切った後にどんなカタルシスが待っているのか。早く知りたい。

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  我が家は主に週末に生活物資をまとめ買いしているのだが、ここのところほとんど土日もなにもない忙しさで、ろくに買い物にも行けない日々が続いている。とりあえず日頃の生活必需品は、近所のスーパーでかみさんが少しずつ補充しているが、例えば水(ミネラルウォーターを愛飲している)や米などの重量物はかみさん一人では如何ともしがたく、今あるストックを切りつめて使用している。

  まあ水や米が無くなったところでどうとでもなるとして、困っているのがトイレットペーパーである。かみさんの報告によると、先日ついに在庫が尽き、現在トイレのホルダーにセットされているものが最後の一巻であるらしい。突然そんなことを言われても、ものがものだけに大変困るわけで、そんなもんとっととどこかで買ってこいと言いたいが、値段に関して譲れないこだわりがあるらしく、指定のディスカウント店じゃないと買うのは嫌だとのたまう。そんなこと言ったって紙が無くなったらどうしろというのか。

  明日の蜘蛛の糸より今日のトイレットペーパー。明日も出勤するから、会社のトイレからかっぱらってくるか。これも業務上横領か。


03月21日(木)
  当初の予定では昨日の水曜日に大団円を迎えるはずだったが、諸々の都合によりゴールは来週に延びた。蜘蛛の糸を手繰る日々は、まだもう少し続くということだ。延びたと思ったら先っちょが切れていた、なんてことにならないことを祈りたい。ということで今日も休日出勤。通勤路に咲く満開の桜が、強風にあおられて軋んでいる。この調子じゃ、あっという間に散ってしまいそうだ。

  まだまだ先だとばかり思っていたのに、気がつけば BIOHAZARD ゲームキューブ版の発売が目前に迫っていたのだった。慌てて先日近所のゲームショップへ予約をしに行ってみたのだが、ソフトウェアは手に入りそうなものの、肝心のゲームキューブ本体が品薄で、発売日当日には入荷する見込みはないとのこと。ちょっと前に冷やかしでゲームショップをのぞいたときはレジ横に山積みされていたから、予約なぞしなくても楽勝で買えるとふんでいたのに誤算だった。PS2 に押されて今ひとつ出荷台数が伸び悩んでいるらしいゲームキューブだが、やはり人気ソフトの発売直前ともなるとそれなりに捌けるのだろうか。

  などと感心している場合ではない。いくらソフトがあってもゲーム機本体がなくては話にならないのである。たぶん秋葉原にでも出かけていけば手に入れることはできるだろうが、そんな暇があるわけもなし。ううむ、これは困った大変だ。とふと思い立ち、もしや amazon.com ならあるかもしれないとアクセスしてみると、やはりあった。しかも翌日配送。ついでに送料無料。素晴らしい。

  ということで本日が発売日なのだった。休日出勤から帰宅して早々、晩ご飯もそこそこにさっそくゲーム開始である。このゲームキューブ版 BIOHAZARD は、基本的には旧 PS で既発の BIOHAZARD1 のリメイクではあるが、シナリオやマップにかなりの変更があるらしく、新しいゲームとして楽しめるようになっているとのこと。まだ序盤の序盤をプレイしてみただけだが、確かにずいぶんと勝手が違う。これは当分楽しめそうである。って、ゲームなんてやってる暇があるのか私は。


03月18日(月)
  予報通りの暖冬となったこの冬。気象庁の長期予報もたまには当たるものだと感心しつつ、迎える春のうららかな日差しを想像して、去りゆく冬らしきものに少しだけ名残惜しさを感じる三月中旬である。それにしても今年ほど冬の存在感のなかった年も珍しい。地球温暖化は着実に進んでいるのだろうか。

  蜘蛛の糸を手繰り寄せるが如く、タイトロープダンサーな仕事を終えて、少し急ぎ足で会社の駐車場へ歩く。つい一ヶ月前とくらべると明らかに変化した大気の水蒸気含有度を証明するかのごとく吐く息も白く霞むのだった。その吐息の向こう、ちょうど天頂付近に鎮座ましましているのが北斗七星。その巨大な柄杓の柄の部分を南に下ると牛飼い座のアルクトゥールス、さらに南へ下ればおとめ座のスピカが青白く瞬く。北斗七星からスピカを結ぶこの緩やかなカーブは「春の大曲線」と呼ばれ、「夏の第三角形」や「冬の第三角形」と並んで季節を代表する星空のしるべである。このラインが空高く上がるようになると、やっと春が来たかと毎年思うのである。

  そんな春の気配濃厚な本日、またしても一つ齢を重ねてしまった私だ。ちなみに今年で御歳 100011b 才、あるいは 23h 才。人生七十年として、そろそろ折り返し地点ですな。

  というか、私はこのあと同じ年月だけ生きていることが出来るのだろうか。


03月17日(日)
  最近ふとしたことから手にとって、久しぶりに聴いてみた CD がある。今からちょうど十年前、当時やっていたバンドで作った CD である。

  もっとも CD と言っても、もちろんメジャーレーベルではなく、かと言ってインディーズでもない、いわゆる自主制作盤というやつだ。学生時代から続いていたそのバンドは、プロになろうなどと身の程知らずの奢った考えは毛頭なく、あくまでもアマチュアとして、メンバそれぞれが社会人となったあともしばらく活動を続けていた。だが諸々の事情により活動休止となることが決まり、それならその前に一発 CD でも作るか、と半ば勢いで作ってしまったものである。

  横浜の桜木町にある某スタジオを何日か貸し切ってレコーディングし、業者に頼んでプレスしてもらったのだが、それ相応のけして安くはない金額がかかった。今ならハードディスク・レコーディングを駆使して原盤を作りさえすれば、あとは出来たマスタ音源を CD-R に焼いて、大した制作費もかからずに何枚でも作れるだろうが、もちろん十年前の当時はそんな技法はなかった。そうしてそれなりの苦労と資金をかけて作ったからか、出来上がった時は嬉しかったものだ。知り合いや友人に売りさばいても完全な赤字だったが、「CD を作った」という満足感の前にはどうでもよかった。

  それを十年たった今、こうして聴いてみているわけである。小恥ずかしいのはともかくとして、なにやら感慨深いものがある。若かったですなあ、我々も。

  ちなみにやってたのはこんな感じ。ファイル容量が 3.5MB もあるので、ナローバンドな方はダウンロードするのにちょっと気合いが必要かも。

  ・Go back to NY.mp3(3.5MB)

  CD にはこの曲を含めて全八曲。他のも聴いてみたという奇特な方がいたらメールください。

  ところでこの曲だが、例のテロの影響で観光客減に悩むニューヨーク市観光局とか、日本の旅行会社のキャンペーンソングに使えないだろうか。あるいは航空会社とか。どうでしょうかアメリカン航空さん。もしくは JAL 。藤原紀香に振り付きで歌ってもらえば、ニューヨーク便の乗客数増加間違いなしですぜ。


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