みくだり日記    2002年05月後半
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05月31日(金)
  本日は朝十時から夜八時まで、お昼を挟んで延々九時間の会議である。昨日まで行っていた評価試験を含んだ議題だったから、議事はそれなりに白熱し飽きることはなかったとは言え、なにせ九時間は長すぎる。さすがにぐったり。煙草の吸いすぎ(喫煙可な会議だった)とコーヒーの飲み過ぎで、喉はイガイガお腹はガボガボ。命削って仕事をしているという感じか。嫌な削り方だ。

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  長い会議が終わって自席に戻ると、フロア内がやけにガランとしている。「不夜城」と呼ばれる我が職場で、こんなに早い時間にこれだけ人がいないのも珍しい。そういえば今日からサッカーワールドカップだったっけ。みな早く帰ってサッカー観戦なんだろうか。ジダンが地団駄を踏もうが、私にはどうでもいいことだ。
05月30日(木)
  昨日今日と引き続き環境試験。結局のところ、45℃ 環境で発生したトラブルの根本的な原因はつかめなかったが、日程の関係上、今日は先に進んで 40℃ 95% 環境での試験である。電子機器にとって 45℃ 環境はかなり過酷な試験だが、この湿度試験は機械はもちろんとしても、特に測定する人間の方が辛い。なにせ 40℃ の高温、そして猛烈な湿気である。蒸し風呂などと呼ぶにはあまりにも甘っちょろい。蒸籠(せいろ)で蒸されている焼売の気持ちがよくわかる。

  ということで、いくつかトラブルは出たが、環境試験はひとまず終了。良い汗も冷や汗もかいた。それら流した汗が明日につながると思いたい。


05月28日(火)
  今週から現在開発中の機械の環境試験を行っている。環境試験とは、様々な温度中に機械を置いて、そこで機械が正常に動作するか、また定められたスペックを完全に満足するかを確認する試験で、設計試作から量産までの間、幾度かのフェーズ毎に行われる。品質の良い製品を世に出すにあたり、非常に重要な試験の一つであるが、試験フェーズの早い時期、つまりは試作段階では往々にしてなにかと問題が表れる。

  ということで、今日は 0℃ と 45℃ 環境下での試験を実施したのである。0℃ では幸いノントラブルだったが、45℃ でかなりヤバ目のトラブルが発生した。仕方なくドライバとハンダゴテを片手に恒温槽の中に入る

  しかしそこは 45℃ の世界である。暑い。暑すぎる。機械を分解し、あちこちいじくっている間にも、全身の毛穴から汗が噴き出し床にしたたり落ちる。シャツも作業着も水を吸ったようにグショグショになる。事前の予想ではまさかこんなことになるとは思わなかった。着替えはもちろん、タオルすら用意していない。己の予測の甘さを呪いつつ、汗だくでトラブルの原因を探るのだった。

  それにしても暑い。原因はわからない。なにせ暑い。一体何が起きているのか。ひたすら暑い。ああもう暑い暑い暑い暑いったら暑いんだよちきしょーめあついーうがーっ。

  気がついたら上半身裸でハンダゴテを握りしめる私である。うんうんなるほど、そう来たか私。ここまでやるならどうせ誰も見てやしない。こうなったらいっそこのまま下も脱いじゃうか。全裸だ。ブラブラだ。なにせこの暑さだ。さぞや気持ち良かろうな。いいぞおスッポンポン。ひゃほーひゃほー。ズボンのチャックに手が掛かった時に我に返る。限度を超えた暑さは、人間の冷静な判断力を著しく低下させるらしい。

  結局、今日のところは原因はわからず終いだった。しかしなんでまたトラブってしまうのか。もちろんどうせ出るなら早い段階でトラブルが出てくれた方が、長い目で見ればある意味ありがたいのではあるが、しかしトラブルはトラブルにかわりはない。明日も灼熱地獄かよ。とほほ。


05月26日(日)
  金曜日は都内某所にて古い友人たちと飲み。翌日(土曜日)にいろいろ予定があったので、適当なところで切り上げて帰宅するつもりだったのだが、なんだかんだで朝五時まで飲み倒してしまった。黄色い朝日に包まれつつ、ほうほうの体で帰宅したのは午前六時。家に着くなりすぐさま倒れこむように爆睡したのだけど、予定のからみで二時間ちょっとしか眠ることができなかった。辛い一日だった。みなすでに三十半ばのいいおっさんのくせに、調子に乗るとろくなことにならない。

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  「夏のロケット」(川端裕人:文春文庫)読了。
  「ロケットの夏」といえば、レイ・ブラッドベリの「火星年代記」の中に含まれている有名な一篇のタイトルだが、そのタイトルをひっくり返してつけた本書は、ブラッドベリがかつて綴った少年たちの夢を、現代の大人に転換したような物語である。主人公である新聞記者を含む五人のロケット野郎たちは、みな高校時代の天文部ロケット班の同窓生。バイキングの火星探査に感動して自分たちもロケットを作ろうと決意し、試行錯誤の末、さまざまな試作機を作るも結局失敗に終わったという過去を持つ。今はそれぞれに社会人として生活していたはずの彼らが、結局かつての夢を捨てきれず、そして既存の社会の枠におさまりきれず、再び自分たちの手で、今度こそ本物のロケットを作り、打ち上げようとする。

  五人しかいない仲間なのに、世界的な材料工学の権威がいたり売れっ子ロックミュージシャンがいたりと、登場人物にかなりのご都合主義的なところが目立つが、現在三十代の、けしてもう若くはないが、かといって「中年」と呼ばれるには抵抗のある微妙な世代設定や、そして高校時代に天文部で、ロケットと火星のマニアというところに妙なシンパシーを感じてしまう。また手製ロケットを打ち上げる過程の技術的説明や、非常にリアリティに富んだエピソードが最初から最後まで丹念に積み重ねられる様は圧巻。宇宙を夢見て育った私のような世代にとっては、心の琴線を刺激する本である。


05月22日(水)
  親不知の疼きに耐え切れず、ついに重い腰を上げて歯医者へと向かった私であった。

  予約の時間から一時間ほど待たされ、ようやく診察室に入る。まずはレントゲンで患部の様子を探るため、歯科助手のおねえさんに連れられてレントゲン室へ。放射線遮蔽用のエプロン(何故か背中側にかける)をかけ、ガーゼをくわえされられる。妙齢の女性に「噛んで」と甘く囁かれると、私はどうしていいのかわからなくなる。

  レントゲン撮影および歯科医師の所見によると、結局のところ当初知覚していた左下の親不知だけでなく、上下左右の全ての親不知、さらについでに奥歯の一部と、計五ヶ所が虫歯に蝕まれていたことが判明した。知らない間に私の口の中は虫歯だらけになっていたわけですなあ。奥歯の一本はそこそこ侵食されているようだが、幸いにも歯根部まで病巣は到達しておらず、患部を削って詰め物をするだけで済みそうだ。

  問題は四本の親不知である。担当歯科医が説明するには、本来、親不知は咀嚼には関係のない歯。なくてもいい、というよりむしろあったらあったで再び虫歯となる可能性が高い。したがって、歯全体がそれなりに生えきっている場合は治療・温存することもあるようだが、一般的には一気に抜いてしまった方が後々手間がかからないらしい。

  「そ、そうなのかもしれませんが、できれば抜くのはちょっと、だって痛」
  「やはり抜いたほうがよろしいかとっ」

  私のささやかな希望を間髪いれずにさえぎる担当歯科医。語尾が強い。マスクをしているので口元の様子は窺い知れないが、目は明らかに笑っている。心なしか潤んでいるような気さえする。喜んでいる。ワクワクしている。やっぱり抜歯は歯医者の醍醐味なのですか。

  ということで、計五本の虫歯治療に取りかかることになった。長い付き合いになりそうである。


05月20日(月)
  もう五月も二十日ですか。やべえよなあ(なにが)。

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  以前にもここで書いたような気がするが、私の実家から車で約十分ほどのところにこんなものが鎮座ましましている。これができる前のこの付近といえば、荒涼たる野原と幾ばくかの朽ちかけた建築物だけという実に殺風景な様相だった。確か十数年ほど前、このあたりにうらぶれたコイン洗車場があった。特に設備が整っているわけでなく、まあどこにでもある何の変哲もない洗車場だったのだが、とりあえず近いということもあって、私も買ったばかりの車を洗いにたまに出かけたものだ。夏の夕暮れ、シャワーノズルからほとばしる水しぶきの向こうにススキの穂の群が風に揺れる。およそ大都市横浜の、しかも新幹線が停車する駅近くの風景とは思えないのどかな場所であった。

  それから十余年。すっかり様子は一変である。猛烈な勢いで進んだ新横浜周辺地区の再開発と相まって、今やこの周辺は日本でも有数のライヴスポットである。なにせこれと横浜アリーナが、数百メートルしか離れていないところにあるのである。当然 J リーグのゲームはやる。負けじと B'Z もライヴをやる。ジャニーズジュニアなんて一日に何公演もやりやがる。ただでさえ周りの道は細く、慢性的な渋滞が発生しているところにこれである。大混雑である。当たり前だ。こんな狭い範囲にクソばかでかいもん二つも作れば。そりゃあ土地は余ってたさ。でもなんでこうまで集中させるか。私が自分のサラリーから横浜市に対して税金を払っていた期間はわずか数年しかなかったが、こんな杜撰な都市計画のために身を切る思いで金を献上していたなんて納得いかない。都市計画を策定した人間を正座させ、一晩かけて蕩々と文句を言ってやりたい私だ。

  そしてついに今年である。恐れていたあの史上最悪の興業が、ついにやってくるのだ。

  私は横浜からすでに離れたところで暮らしているが、両親や弟一家はまだ横浜にいる。私も含めてハマダ家一族は誰もサッカーには全く興味がない。もちろん一人としてワールドカップ誘致に賛成した覚えも無い。そのくせワールドカップの経済効果で住民税が安くなったり市営バスと地下鉄が乗り放題になったり、なんてことはついぞ聞かない。イングランドだかどこだか知らないが、フーリガンなる不穏な連中もやって来ると伝え聞く。外国からだけでなく、日本中からも頭の弱い(そのくせ頭に血は上りやすい)人達が大挙訪れるのだろう。ささやかな特典もお得なポイントも何もない地域住民が、大混乱が確実な六月の数日間をただただ息をひそめて過ごす以外にないとは、これほど不条理なことがあるのだろうか。

  だから日本なんかさっさと負けて、一時でも早く静かな暮らしを取り戻してほしい。そして混乱と不安しか与えないこんな馬鹿げた興業がこの地で二度と行われないことを、私は心の底から祈るのである。

  ついでに言うなら俺の税金を返せ横浜市。


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