みくだり日記    2002年07月後半
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07月29日(月)
  間もなく七月も終わり、もうすぐ夏休みだ。休みと聞くと単純に嬉しい。たとえ出勤せざるをえない夏休みであっても。

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  「亡国のイージス」(福井晴敏著:講談社文庫)読了。
この手のいわゆる「架空戦争もの」は普段あまり読まないジャンルなのだが、第 2 回大藪春彦賞、第 19 回日本冒険小説協会大賞、第 52 日本推理作家協会賞の同時三賞受賞作ということで、以前から大変気になっていたのだった。私はこう見えて、結構権威に弱い。

  ということで、先日ようやく文庫版が出たので買ってみたのだけど、これはおもしろかった。さすが三つの賞を受賞しただけのことはある、重量級の小説である。

  まずはプロローグ部分で三人の主要人物を紹介しつつ、それぞれの人生をさりげなく絡ませてみせるあたりからして、なかなか心憎い小説巧者ぶり。聞き慣れない軍事設備の専門用語を山ほど使いながら護衛艦の日常を丹念に描き込んでいく前半も、淡々と地味ではあるが読み応えがある。この地味な前半があるからこそ、どんでん返しを経て物語が一気に盛りあがっていく後半が生きてくるというものである。たぶん作者はアメリカ映画を強く意識して、その手法を研究しつくしたんだろう。物語はきわめて映画的で、陳腐な表現ではあるが、読後感はまるで一級のハリウッドアクション映画を観終わったときのものに近い。これだけ手に汗握る感覚を発散させる小説も珍しい。

  そういうアクション描写が素晴らしいのはともかくとして、この小説で一番感じ入ったのは、多くの登場人物の心情が揺れ動く様である。まさに「戦争そのもの」の状況の中で復讐の激情にかられる者も、冷徹に任務を遂行しようとする者も、理屈ではない人間としての感情・良心が自分の中で顔をもたげ、翻意したり躊躇したりするのである。だから主役級だけではなく、沢山の登場人物(場面毎にその対象は代わるのだが)それぞれにどっぷりと感情移入してしまった。おかげで読み終わってちょっと疲れた。

  それにしても本作の決め台詞、「よく見ろ日本人。これが戦争だ」って、ううむ、凄いセリフだよなあ。間近には言われたくない言葉ではありますが。

  ちなみにこの作者は、1968 年生まれと私の一つ下。こういう重厚小説の他に、「ターン A ガンダム」のオリジナル小説も書いているらしい。なるほど、バリバリのガンダム世代であるわけか。そう言われてみると、本作の主人公の一人である如月行のイメージって、「ガンダム W」のヒイロ・ユイを彷彿とさせる気がする。


07月22日(月)
  この週末は知り合いの赤ちゃんを見に行ってきた。男の子だけあってなのか、生後まだ五ヶ月ではあるが、首のすわりもしっかりとして実にたくましい。そういえば二の腕も赤ちゃんらしくぷよぷよしてはいるが、なんとなく筋肉質なような気がする。マッチョな赤ん坊である。それにしても、どうして赤ん坊ってああいういい匂いがするのだろうか。小さな体を胸に抱いていると、それだけで脳内になにか良いものが分泌されてきそうである。

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  そういえば先週の金曜日は「ER6・緊急救命室」を見るために会社から急いで帰ってきて、慌てて TV のスイッチを入れたのだった。やれやれ、結局、放送開始には間に合わなかったけどまあいいかとぼんやり見ていると、なんとなく先週の予告とストーリーが違うことに気がついた。確か暴漢にカーター先生と医学生が刺されてああ大変、という話のはずだったのに、カーター君はすでにベッドから離れてリハビリの最中である。話の展開の早い ER とはいえ、いくらなんでもこれは早すぎないか。と思っていたら、こういうことだったのか。

  つまりは放送中止にしたのは、「精神に障害のある患者が医師を刺すシーンがあり、病気に対する誤解や偏見を助長する恐れがあると判断したため」なんだそうである。ううむ、なんだかなあ。もちろんそういう病を煩っている人に対する偏見をなくすことは必要だろうが、だからといって闇雲に問題を覆い隠すことで、決して誤解や偏見を解消することはできない。もし本当に「誤解や偏見を助長する」と判断して放送中止を決めたのなら、NHK のとった行動はあまりに稚拙だったと思う。


07月20日(土)
  左上顎の親不知の抜歯から今日で三日。口を大きく開けるとなんとなく鈍痛があるものの、普通にしているぶんには今のところとくに痛みはない。さすがにまだ左側で物を食べるのにはためらいがあるが、普段通りに食事もできる。もちろん喋ることになんの支障もない。人によっては抜歯後に激烈な痛みを伴って猛烈に腫れ、食事はおろか喋ることすら困難になるほど気の毒な症例に陥る場合もあるそうだが、前回の左下顎親不知の時と同様、今回も大変幸せな術後生活を送れそうな私である。

  ただしそこにあった永久歯が丸々一本抜けただけはあって、跡地には巨大な穴がガッポリと空いているのだった。鏡で見てみると、まるでそこだけ歯肉がえぐり取られたように、実に不自然な赤い大きな穴がのぞいている。見ようによってはなんともエグい(死語)光景である。

  しかしこれも穴の内部から徐々に肉が盛り上がり、二週間もすればすっかり地ならしされて、ごく普通の歯茎の一部となるのだろう。こんな大穴が勝手に塞がるとは今の様子からするとおよそ信じがたいが、実際、前回の左下親不知抜歯跡地は今や完全に塞がって、何事もなかったかのようなきれいな歯茎が続いている。生物の持つ自己修復能力のなんと素晴らしいことよ。できれば勝手に親不知が抜けてくれると、なお嬉しいのだが。


07月17日(水)
  本日は親不知抜歯の第二弾。ターゲットは左上部の親不知だ。いろいろ調べてみると、歯根部がどっかり根付いている下顎側とくらべて、一般的に上顎側の親不知は歯根が短い場合が多く、抜歯は楽とのこと。しかも決死の覚悟で臨んだ第一弾が、思いがけず実にあっさりと終了したこともあって、今回の抜歯は気分的に大変楽である。しかしだ。なにせ抜歯は抜歯。歯肉にどっかり埋まっている歯を、ペンチで無理矢理引っこ抜くわけである。それに下顎側が痛くなかったからといって、それはあくまでもベストケースであり、上もそうであるという保証はない。きっと大丈夫だとは思っていても、抜歯その瞬間の光景を想像するだけで頭の奥底に不快な感覚がよぎる。そんなわけで若干の不安を胸に抱きつつ歯医者に赴いた私であった。

  結論を言いたい。いやあ、今回もシュポッといきましたよ。残りあと二本?何本でもまとめてかかってきなさい。親不知、やはり恐れるに足らず。むほーっほっほっほ。

  ああ良かった。


07月16日(火)
  午前中に台風が通過。ほぼ直撃状態だったわりには、幸いにして当地では思ったほど風も雨も激しくはなかったようだ。しかしそれでも台風である。やはりそれなりの降雨量ではあり、我が家の前にある池は岸辺の遊歩道まで完全に水没するほど大増水したらしい。なんとなれば心配は池の生態系へのダメージである。夜になってすっかり水は引いたが、いつも響き渡るウシガエルの声が今日はまったく聞こえない。うっしー、ついに流されてしまったか。

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  「スノウ・クラッシュ」(ニール・スティーブンソン著:ハヤカワ文庫)読了。
  本当は巷で話題の「クリプトノミコン」シリーズを読もうと思っていたのだけど、ネットでいろいろ調べてみると、「その前にこっちを読んどけ」という記述が散見されたので、まずはこちらからにしてみた。1992年に刊行されるや、「ポスト・サイバーパンク」の代表作、などと騒がれた(らしい)、著者の実質的なデビュー作。

  個人が勝手に国家をつくり、フランチャイズを増やして勢力を凌ぎ会うアメリカ、一般人でも手軽にジャックインできる「メタヴァース」と呼ばれる仮想現実、強力なハッカーたちによって運営される「メタヴァース」内の特別区域の現実感と非現実感。ピザの宅配で収益をあげるマフィアたちと、「マッドマックス」か「北斗の拳」を彷彿とさせる特殊車で、どこであろうと30分以内にピザを届けることに命をかける宅配人、「スノウ・クラッシュ」なる謎のメタ・ウイルス、そして人類の進化にまつわる壮大な秘密…。という、まあこれでもかと繰り出されるアイデアやブッ飛んだ世界観、そして限りない悪趣味とお笑いのエッセンスを大量にぶち込みつつ疾走する文章感覚が、いかにも「サイバーパンク」と言う感じか。もっともその疾走感ゆえなのか、しばしば話の流れを見失いがちになるのだが(読んでいて何度も行きつ戻りつしてしまった)、「スノウ・クラッシュ」とそれにからめて語られる人類の進化の秘密に切り込んでくる大胆な仮説を説明するくだりは十分「本格 SF」していて面白い。

  ただ、読んでいて気になるのは、「スノウ・クラッシュ」とミームとの関係である。「スノウ・クラッシュ」が人から人へ伝播するのは言語を介してなのでミームのようでもあるが、学習というプロセスがなくても直接中枢神経に影響を与える(という設定になっている)のでミーム本来の概念からすると少し違うような気がする。でも現実と区別がつかないサイバースペースでは、コンピュータ・ウイルスもミームも区別は不可能なのかもしれない。そういう意味では単に情報の媒体が違うだけ(「言語」か「bit 列」かの違い)で、直接情報のやり取りで伝播するコンピュータ・ウイルスとミームは似てるとも言える。

  ということで次は「クリプトノミコン」に行きたいわけだが、この小説、文庫で四分冊のボリュームである長いなあ。夏休みまでとっておくか。


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