みくだり日記    2002年09月前半
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09月15日(日)
  昨日は古い友人達と都内で飲み。九州在住の N にすすめられるまま芋焼酎をぐびぐび飲んでいたら、思いのほか酩酊してしまった。なんとか終電には間に合ったものの、どうやって帰ったのか正直言ってあまり覚えていない。よく帰れたものだ。帰巣本能のなせる技だろうか。伝書鳩といっしょだ。

  その飲み会へと向かう電車の中でつり革につかまって本を読んでいると、前の席に座っていた学生風の若者二人の会話が聞くとはなしに聞こえてきた。どうやら一人は F1 の、おそらくはウィリアムズのパンパブロ・モントーヤのファンであるらしく、しきりにその素晴らしさを語っているのだった。

  「ということでパンパブロ・モントーヤがそのままの勢いで、キミ・ライコネンをすぐ次のコーナーでパスしてさ」
  「パブロフの何だって?犬かよ、そいつ」
  「パンパブロ・モントーヤだって。で、そしてらキミ・ライコネンがさ」
  「それも人の名前かよ」
  「そうだよ。キミ・ライコネン。いるんだってそういう奴が、マクラーレンに」
  「キミ・ライコネン?」
  「そう」
  「ぼく、ドラえもん」

  鼻水を吹き出すかと思いました。

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  世間的には三連休の中、今日から金曜日まで御殿場方面に出張。先月に引き続いてまたもや開発中の機械の EMC 測定のためなのだが、今回はその最終試験である。だが事前のチェックによると、どうにも芳しくなさそうな予感がする。今後の日程を考えると是が非でも今回の試験は通さなければならないのだが、はたしてどうなることやら。通るといいな。
09月11日(水)
  「スター・ウォーズ エピソード2 クローンの攻撃」を今頃ようやく鑑賞。

  イクスピアリの中のシネコンで見たのだが、とっくにブームの去った映画を、それも平日の最終とあってか、当然ながら館内はガラガラ。全部で二十人もいなかったと思う。やっぱり映画は熱が去った頃に見るにかぎります。

  で、ストーリーはというと、適度なエピソードを絡めてはいても物語上の深みとか意外性はまったくない。いわば「偉大なる凡庸」とでも言うべきお約束の進行に沿ってはいるのだけれど、それでも物語的にも映像的にもなかなか盛りだくさんで、知らず知らずに楽しめてしまうのはさすがの作りではある。旧三部作につながる伏線も山ほど出てくるし、少なくとも「エピソード 1」よりは面白いと思った。

  噂には聞いていた「闘うヨーダ」のあまりにシャープな動きには驚いたが、それ以上にびっくりしたのは、アミダラがジャージャーを代議員に選んだこと。いくらなんでもあのジャージャーを自分の代理に選ぶか普通。あなたはどうです。私はいやだ。惑星ナプーの深刻な人材不足を憂うばかりだが、そりゃこんなんじゃ帝国に負けるのも無理はないという気がする。

  ところで本作ではアナキンがダークサイドに落ちていく過程が描かれるはずなのに、いきなり冒頭から師匠のオビ=ワンに不満をタラタラ吐くわ、アミダラと再開した瞬間から大興奮状態だわと、どう見ても最初からダークサイドに落ちているとしか思えないのはどうかと思う。しかしまあジェダイだって人の子。しかもアナキンはまだ二十歳になるかならないかのリビドー全開世代だもの、無理もないですか。


09月10日(火)
  ■H−IIA ロケット 3 号機打ち上げ成功

  搭載した二基の人工衛星も無事に分離成功。これで H−IIA は昨年八月の一号機、今年二月の二号機に続いて三回連続の打ち上げ成功だから、信頼性としては十分の実績だろう。素晴らしい。とは言ってもまだ衛星の分離に成功しただけで、これから静止軌道への投入やら地球への再突入やらが待っているわけだが、種子島のロケットボーイズたちも、ひとまずほっと一息ってところだろうか。

  ところで今回の打ち上げに成功すれば、NASDA はつづいて次世代ロケットの開発計画をスタートさせる予定だそうである。この次世代ロケットは、

  1.コストの削減(H-IIA 比 1/2 のコスト)
  2.ペイロードの三割増

などを目標に、有人宇宙飛行も視野に入れて 2010 年ごろまでの実用化を目指す予定らしい。

  今回のペイロードでは、日本の有人宇宙飛行には不可欠な運用面をサポートするデータ中継衛星(DRTS)と、再突入という不可欠な基礎技術(USERS*REM)が実験される。これら実験の完了(REM 再突入)までにはおよそ八ヶ月半の期間を要するそうだが、なにせこの成否が将来の有人宇宙飛行計画にとって欠かせない基礎実験になることはほぼ確実。そういう意味で、国産有人宇宙飛行を実現するためにも、是非とも成功させてほしいミッションである。とりあえずロケットの打ち上げから二つの衛星の放出までは大丈夫だったから、あとは DRTS の静止軌道への軌道変更が成功するかだな。アポジモータが正常に噴射できればいいのだが。

  しかし、ロケットの打ち上げシーンって何度見ても感動する。あんなに大きな物体が地球の重力に逆らって宇宙へ飛び出していくなんて、単純に凄いことだと思う。宇宙戦艦ヤマトもガンダムもまだまだ遠い夢物語だが、今だって我々には H-IIA があるじゃないか。そんな気にさせられる。


09月07日(土)
  京都の二日目。いよいよ今回の旅行の最大の目的を果たす時が、ついにやってきたのだった。

  その目的とは何か。本サイトを継続的にご覧くださる(奇特な)方々はすでにお気づきだと思うが、それは「京都への道」というページのことである。ジョギングで東海道を走りきるというこの企画、今年の一月から走り始め、途中仕事の関係や膝の故障などで思ったように走れなかった時期もあったが、細々と走り続けた結果、いよいよゴール間近の大詰めをむかえたのであった。そのままいつものジョギングコースを走ってひっそりと終わってもよかったのだが、せっかくここまで走ったのである。どうせやるならその最終ランとして、実際に京都・三条大橋にゴールしよう、ということでやってきたのである。このクソ忙しいのに、こんなことのためだけに会社を休んで京都くんだりまでやってくるとは、まさにお馬鹿企画の最後にふさわしいではないか。ええと、その、会社の皆さん、ごめんなさい。

  ということで本日は朝一番で三条大橋へ。三条大橋は京都の中でも有数の繁華街の河原町や木屋町にほど近く、昼間は人でごった返す。そんなところでジョギングウェア姿で写真を撮るのもさすがにちょっと恥ずかしいので、人の少ない朝を狙ってみた。京都駅前のホテルから市バスに乗り、小雨がぱらつく中を三条大橋に到着すると、さすがに朝早いだけあってか人影もまばらである。やはりだ。今がチャンス。最後に残しておいた 100m を目測で測り、さっそくランを開始。

  雨で滑りやすい路面に気をつけながら、鴨川にかかる橋を軽快に渡って、ついにゴールだ。今年初頭から走り始めて今日まで約八ヶ月。総走行時間 44 時間 40 分 51.73 秒 をかけた末に、東海道五十三次 495.5km の道のりを、こうして走り終えたのだった。

三条大橋遠景 ついにゴール!

  ようやく走りきった感慨に耽りつつ、橋のたもとにあった東海道走破の大先輩、弥次喜多コンビの銅像に、道中無事に走れたことをご報告。ちなみに江戸時代の人たちは、一日に 20〜30km のペースでだいたい十四日から二十日ほどかけて江戸から京都まで歩いたそうだ。昔の人の健脚には驚くばかりだが、今なら新幹線に乗ってわずか二時間半あまり。便利な時代になったとは思うが、こうして実際に走ってみると、その距離がいかに長いかが実感できる。

  どうでもいいがこの銅像、なんとなく誰かに似ているような気がするのだが、誰だったか。

弥次喜多 大先輩にご報告

  その後、河原町や祇園周辺をぶらぶらし、夕方の新幹線に乗って帰京。目的は無事達せられ、なかなか有意義な旅行であった。次に京都に来るのは何年後だろうか。


09月06日(金)
  そういうわけで、突然だが京都を訪れている私である。

  思い返してみると、確か十年ほど前に学会か何かで来て以来、こうして京都に来るのもずいぶん久しぶりであった。ただもちろんその時は仕事がらみだったので、もちろん観光など全くなしで、せいぜい京都駅前の飲み屋で晩飯を食ったぐらいだったか。そうすると中学の修学旅行以来。まともな観光目的でやって来たのはかれこれ二十年ぶりである。

  ということで、のぞみに乗って秋雨の降る東京を抜け(そういえばのぞみに乗るのも初めてだ)、これまた雨煙る京都へ。せっかく久しぶりにやって来たのに雨に降られるとはちょっと残念だが、雨の古都もこれはこれで風情ではある。

  京都駅前のホテルにチェックインし、まずは市バスに乗って三十三間堂へ。千体の仏像が居並ぶ問答無用の迫力に、ただただ圧倒される。説明書きによるとそれぞれの仏様の顔は微妙に違うそうだが、なるほどよく見てみると若干細面なもの、ふっくらしているもの、薄目をあけているものやきつく目を閉じているものなど、バリエーション豊かで面白い。それにしてもよくもまあこれだけたくさんの仏像を作ったものだと思うが、それ以上に千体もの仏像を整然と並べる作業を考えると気が遠くなる。後ろの方の像をメンテナンスする時って、やはりちょっとずつずらしながら引き出したりするのだろうか。間違って倒しちゃったりしないのか。仏像は密集して置かれているから、一体倒したらまさにドミノ倒し状態。角っこなんて倒した日には、片側五百体全滅なんてことも。余計な心配ですか。

三十三間堂 三十三間堂

  三十三間堂の次は清水寺へ。茶わん坂をひたすら登る。小雨が降って気温が低いからまだ助かるが、それでも坂を登り切った頃には汗だくである。平日だけあって幾分閑散としていた三十三間堂と違って、さすがに清水寺は観光客が多い。やはりロケーションの差であろうか。しかし今日はあいにくの雨。これがすかっと晴れていれば眺めは最高なのだろうが、清水の舞台から眺める京都の街並みは、雨に白く霞んでいる。それにしても舞台の高さはかなりのものだ。とてもここから飛び降りる勇気は私にはない。

清水の舞台 京都の街並み

  清水から三年坂、二年坂、東大路をぶらぶら祇園まで歩いて、再び市バスに乗る。こんどは京都の西側へ行ってみる。目指す先は平安時代の陰陽師、安倍晴明を祀った晴明神社。我ながらなんともミーハーではあるが、行ってみたかったんだからしょうがない。境内に夢枕獏や京極夏彦の直筆の絵馬を発見して和みつつ、晴明が式神を放つときにやって来たという一条戻り橋まで行ってみる。かつては魔物が蠢いた妖しい橋も、いまやすっかり住宅街の中である。「一条戻り橋」という、そのままのバス停があるのにはちょっと驚いたが。

  ところで晴明神社を散策中のこと。境内の風景をデジカメで撮影中、雨で手がすべったのかカメラを地面に落としてしまい、電源が入らなくなってしまった。おおっ、もしや晴明の呪いか?と色めき立ったが、結局ただ単に電池の蓋が歪んでしまっただけだった。これでカメラが完全に壊れ、なおかつメモリ内のファイルも全部飛んでいたら出来すぎだったが、幸いカメラはすぐに直り、写真もちゃんと写っていた。余計なものが写ってなければいいけど。

晴明神社 晴明神社の境内

  そんなところで一日目は終了。今回の旅の最大の目的は明朝に決行する予定だ。雨がやんでいればいいのだが。


09月02日(月)
  夫婦してあまりエアコンの冷気が好きではない我が家では、一応一般家庭並にエアコンは設置されているものの、よほど暑くて我慢ならないとき以外は稼働することはほとんどない。幸い我が家はちょうど風の通り道になっているらしく、南北の窓を開ければマンションの前にある池で冷やされた空気が程良い程度に流れ込み、室内の気温はそれなりに過ごせる程度の温度に下がってくれるのだ。それでも異常な高温高湿度で、なおかつどうにも無風状態、という日はしかたなくエアコンのお世話になることもあるが、そんなことはおそらく一夏通しても数回程度だろう。

  そんな我が家であるから、寝るときはエアコンつけっぱなしで、なんて一度もしたことがないのである。ドライにすらもしない。こんな話を他人にすると「信じられない」とか「よくそんなので寝られるな」などと言われることもあるが、必要ないものは使うこともない。

  そういう我が家のほぼ唯一の涼を呼ぶ文明の利器的電化マシンは、昔ながらの扇風機である。家の風通しがよいことは前述したが、流れ込んできた池からの冷風を扇風機で適当に攪拌してやれば十分に涼しくなるのだ。まあ確かにエアコンが涼しいのはそうなのだが、無理矢理気温を下げるのではなく、こうして自然な(と言っても人工的だが)風による冷却はなんとなく体に優しい気がする。エアコンに比べれば電気代も安いし室外機による排気熱もない。人に優しく地球に優しい。扇風機最高。扇風機ばんざい。

  しかし悲しいかな扇風機はその仕様上、ごく狭い範囲にしか直接の冷風を送ることが出来ないという唯一にして最大の弱点をもっている。いきおいその涼風を求めて扇風機の奪い合いになることもしばしばである。特に就寝時はその最たるものとなる。寝るときは双方の布団の真ん中に扇風機を置き、首振り機能を作動させてとりあえず公平に風が巡るようにしているのだが、暑苦しくて目が覚めるといつのまにか角度が変えられていたり、首振りを強制停止して風を独占されていることもあったりして、なにかと夫婦間紛争のタネになっているのである。しかし扇風機を巡っての諍いとはなんとも低レベルというか情けないというか。

  そして今日も熱帯夜。涼風をめぐる無言の戦いは、今宵もやって来るのだった。いざ、勝負。負けたら汗だくの刑。


09月01日(日)
  今日から九月。でも暑い。

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  夜、見るとはなしに NHK テレビを見ていると、午前一時二十分頃に減力放送になる旨のアナウンスがあって、その後はためく日の丸とともに君が代が流れ始めた。二十四時間放送化してから NHK で君が代が流れる機会が減った気がしていたので非常に驚いた。確か以前に「放送終了明けの月曜日が祝日の場合のみ、朝に君が代を流す」という話を聞いた気がするのだが、そういうわけでもないらしい。ということで、今日は特にオチはないのだが、見たまんまのことを書いてみました。


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