みくだり日記    2002年10月前半
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10月14日(月)
  本当は三日とも出勤するつもりだった、この三連休。だが諸般の事情により土曜日のみ休日出勤にして、残りの二日は休みにした。久しぶりの何の予定もない純粋な休日。そういえばこうして二日連続で休むのはいつ以来だろう。夏休みか。その前はゴールデンウィークだったか。

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  早いものでもう十月も半ば。いまだに夏日の日々が続いたりして、その割に朝夕はそれなりに涼しかったり、暑いんだか涼しいんだかよくわからないこの頃だが、それでも日を追うごとに秋の気配が濃厚となっているような気はする。この季節になると、例年我が家の周囲ではカメムシ軍団が大発生するのだった。マンションの壁やエントランス、ベランダや外壁に面した窓、ついでにベランダに干した洗濯物にまで、あちこちに点々と茶色い姿を見かけることになる。まれにいつの間にか車の中に紛れ込んでいたりして、パニックになることもある。

  そして今朝方、ついにベランダに張り付いているのを発見した。また今年もこの季節がやってきたか。あの「とほほ」感いっぱいの小さな悪魔との闘いの日々が、またやって来たのだった。いやほんと、大げさじゃなく。


10月11日(金)
  「覘き小平次」(京極夏彦:中央公論新社)読了。
  泉鏡花賞を受賞した「嗤う伊右衛門」と系統を同じくする怪談本の第二弾。女幽霊の代表作を意趣がえしたのが「嗤う伊右衛門」だったが、今度は男幽霊の代表格、山東京伝の「復讐奇談安積沼」を下敷きにしている。オリジナルは、妻に間男され、旅先で殺された歌舞伎俳優が、妻の元に死んだとの知らせが入る前日に幽霊となって帰宅、化けて出て呪い殺し、復讐成就のあとは人が噂すると出てくるという幽霊話だったが、京極夏彦は小平次夫婦の奇妙な繋がりに焦点を当て、さらに独特のテイストをふんだんにちりばめつつ、不思議な怪談として描いた。

  木旛小平次は貧弱で気弱な上にろくに演技も出来ない大根役者だが、その風貌や醸し出す雰囲気から幽霊の役をやらせれば絶品という歌舞伎役者。普段は自宅の納屋に引きこもり、襖を少しだけ開けて外を見て暮らしている。なぜか妻がいるが、完全に成り行きで一緒に住んでいるだけで、妻のお塚はそんな夫を「薄気味悪い」と毛嫌いする。

  怪談という体裁でありながら、章ごとに語り手となる登場人物が入れ替わり立ち替わり物語視点を担っている。京極作品の多くがそうであるように、本作でも心に欠片があったり、そもそも心の拠り所がなかったりする人物が掘り下げて描かれるわけだが、そうした「自分語り」による内面の描写が、小平次夫婦に絡みつく人間模様をさらに濃厚なものにしている。文章自体もその独特の漢字使いも相まって緻密かつ濃密な印象なのだが、この物語ではさらに人物相関の厚ぼったさが相乗して、まるで空気に粘度があるかのように実に濃い。そのねっとりした「濃さ」と、そして怪談噺の内側に踏み込まざるを得ないという何ともいえない「厭さ」に、最初は胸焼けをおこしそうだが、しかし物語を読みすすめているうちに、これが次第に快感に変わってくるのが不思議だ。こういうところが京極夏彦のストリーテリングの凄さですか。

  それにしても、お塚は小平次を嫌い、小平次はお塚に嫌われようとする。そんな夫婦が、なぜ一緒に暮らしているのか。好きと嫌いは紙一重とはよくいうが、こういう形でしか自分の感情を表現できない人もいるのかもなあ。「嗤う伊右衛門」は純然たる純愛小説だったが、本作もかなり歪んではいるけれど、姿形を変えた恋愛小説といえるかのかもしれない。


10月10日(木)
  そういえば二年ほど前のノーベル平和賞に、韓国大統領の金大中氏が与えられたことを思い出した。確かに氏のこれまでの経歴はそれなりに立派ではあると思うものの、ノーベル賞自体の権威や威光は別として、賞自体はあくまでも「業績」に対して与えられるだと思っていた。それならば何故だ。どうせ象徴的な意味を込めるのならば、相手の金正日氏にも与えるのが筋ではないのか、と思ったものだ。もっともさらに以前にはアイルランド人と英国人が同時受賞したこともあった。まあ平和賞はお笑い的要素が多分に含まれるから、そんなのもありなのか。しかしスウェーデンって国はよくわからん。で、今年は誰だったっけ。
10月08日(火)
  明日は会社の健康診断。昨年から成人病検診の仲間入り、今年はその二回目ということで、いつの間にやら実質的にも堂々のおっさんである私だ。まあ何か体にガタが来るなら、年齢的にいってもそろそろかもしれない。とりあえず何某かの自覚症状はないにせよ、どんな病が隠れているやもしれない。少し細かく調べてもらうことには一向に異論はない。そういえば最近ちょっと煙草の吸いすぎだろうか。血痰を吐くには至らないが、喉がイガイガし、声がかすれ気味のような気がする。やはりこれは、例のアレか。胸部レントゲン撮影で、何やら怪しい影が写ったらどうしよう、と思うと眠れそうにない。

  それはともかくバリウム検査である。そのために、今日の夜九時以降は一切の飲食禁止というのが辛い。もともと夜はほとんど飲食しないのに、ダメだと言われると何故か無性に腹は減るし喉が渇く。とりあえずラーメンが食べたい。出来ればピザも食べたい。焼き肉にもそそられる。カツ丼も捨てがたい。親子丼もいいが鰻丼ならなお可だ。こうなりゃ吉野屋の牛丼でも許す。ついでにコップに並々と冷水を注ぎ、それを一気に飲み干したい。味わう間もなく胃に注ぎ込んでやりたい。ああもうちきしょー腹減ったなんか食わせろなんか飲ませろ。こんなんで眠れるかっ。

  あきらめて寝る。


10月07日(月)
  ノーベル賞のパロディとして知られるイグ・ノーベル賞の 2002 年度受賞者が 10 月 3 日に発表され、タカラの「バウ・リンガル」が堂々の平和賞を獲得したという。素晴らしい。研究開発では終ぞ米国に追いつけず、製造技術ではあっさり中国に追い抜かれた日本の科学技術分野が、これからどこに進むべきかを強く示唆してくれる快挙である。

  ちなみに今年の同賞医学賞には、1976 年に Nature 誌に発表されたとある解剖学の研究が受賞している。Web 上に公開されている同研究レポートによると、古典時代やルネッサンス期の男性裸体彫像 107 体を観察し、その睾丸の左右対称性について論じている。曰く「昔の彫刻家は右の睾丸が高い位置にあることを正しく観察しているが、左側を大きく作るという間違いをおかしている」という。これには「下にさがっているのは大きくて重いから」と単純に考えたからであろう、という考察がなされている。素晴らしい。どうしても中心部にのみ意識が行きがちなところに、その両脇に正に鎮座する二つの物体に、解剖学的見地からスポットを当てた快挙と言っていい研究である。それにしても右が高いですか。俺のはどうだったか。あなたはどうですか。

  とまあ、受賞対象になるのはれっきとした学術誌に載った大真面目な論文が中心ではあるが、このイグ・ノーベル賞は基本的にパロディである。しかしこうやって科学は進歩していくのだなあと、ちょっと感激。


10月06日(日)
  今週の土日も休日出勤。攻防は一進一退というところか。三歩進んで四歩下がる。戻ってるぞ。

  こうも休みなしに働いてばかりだと、土曜日や日曜日が「休日」であるという概念がだんだん薄まってくるから不思議である。いつもの何の予定もない「休日」だったら昼頃までダラダラ寝ているのに、最近はきちんと平日と同じ時間に目覚めてしまう。慣れとは恐ろしいものだ。こんなのに慣れたくはないのだが。

  それにしても十月に入ったというのにあいかわらず暑い。なんでも昨日は九州や四国では、最高気温が三十度を超えたという。さすがに関東ではそこまではならなかったが、それでも日中は T シャツ一枚で十分過ごせる。これがとても十月の陽気とは思えない。感覚的には、丸一ヶ月さかのぼった九月頭ぐらいの気候である。

  そういえば今年は春の桜の季節からずっと、季節の移り変わりが二週間ほど早く進んできたように思える。しかしこうして春から夏、そして秋までの流れを体験してみると、季節が早く進んでいるというよりは、夏である期間が昔とくらべて異常に延長されていると考える方が自然なのかもしれない。いわゆるところの地球温暖化というやつの影響か。このままいくと、いずれ日本は熱帯地方に分類されることになるのではないか。そんな日本は私は嫌だ。


10月03日(木)
  昨日、今日と仕事で群馬へ出張。仕事先は妙義山が間近に見える某温泉地近くで、先月でかけた神奈川の山奥ほどではないにしろ、それなりにのどかなところ。東京から高崎まで新幹線で行ったのだが、上越新幹線に乗るのはこれで二度目だったか。乗った車両は二階建て車両の MAX たにがわ。二階建ての上の席はさすがに眺めが良く、振動や騒音もなくて大変快適である。心配していた台風の影響によるダイヤの乱れも全くなくて、台風一過の素晴らしい天気の下、これが仕事でなければどんなによかったか。

  肝心の仕事は、予想通りと言うか何と言うか、順調に手間取る羽目になった。細かいトラブルがあれやこれや頻発し、二日間みっちり働き詰め。もちろん仕事をしに行っているわけで、働き通しになるのはもとより覚悟の上なのだけど、やはり疲れるものは疲れる。ただし今回は協力会社へユーザとしての出張だったので、限りなくご接待に近いという丁重な扱いで、しかも宿泊先は温泉宿。夏休みはとっくに終わり、紅葉にはまだ早いという閑散期のさらに平日だけあって、ガラガラの風呂に浸かれたのがせめてもの救いですか。十分ありがたいか。

  ともあれ、今月もまたほとんど休めないような予感がする、出張の日々。


10月01日(火)
  今日は私を雇用する会社の創業記念日。当初は休日出勤するつもりだったのだが、しかし外は台風接近にともなう雨。車通勤なのだから別に雨だからといってどうということはないのだけど、ベランダの窓からどんよりと垂れ込めた灰色の雲とポショポショとそぼ降る雨を眺めていると、どうにもやる気が起こらない。

  そういえばここ一ヶ月ほど休んでいなかったことを思い出した。一月ぐらい休みがなくても体力的にはどうということはないが、いいかげん働くのにも飽きる。もとよりせっかくの公休日である。何が悲しくて会社なんかにいかなけりゃならないのか。晴耕雨読の喩えを持ち出すまでもなく、こういう日は家の中でじっとしているものと、古来より相場が決まっているのだ。

  明日から群馬某所に出張。なにやら最近すっかり出張づいている。今日は東へ明日は西へ。台風上陸が半日ずれて助かったが、明日の朝は新幹線のダイヤが乱れてなければいいのだけど。


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