みくだり日記    2003年07月後半
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07月30日(水)
  ということで日曜日から中国に渡り、大陸を流浪している私である。事前にある程度わかっていたことだが、ここまでヘヴィな出張になるとは思ってもみなかった。現在出張四日目。今日までの行程を記録しておきたい。

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●07/27(日)
  午前十時過ぎの JAL 便にて日本を離れたあと、約三時間のフライトの後、現時時間の午後一時半に北京に到着する、予定だったのだが、北京上空は雷を伴った悪天候に見舞われていた。天候の回復を待つため、飛行機に搭乗したまま成田で二時間待たされる。なんとか積乱雲が過ぎ去ってようやく離陸したものの、今度は着陸の順番待ちのため北京上空をぐるぐる旋回して待機。結局、北京国際空港には三時間遅れでようやく到着した。まだ中国に着いたばかりだが、はやくもぐったり。

  北京市内のホテルにチェックインし、当地在住員に連れられて晩ご飯を食べに行く。主菜はもちろん北京ダックである。場所は市内の繁華街にある有名店。席についてまずは地元北京のビールをガーッと飲み干し、そしてさっそくダックだ。本場北京のそれは、香ばしくパリパリに揚げた皮の食感と、噛みしめると中から肉汁が溢れる柔らかくジューシーな肉の対比が大変素晴らしい。ひたすら無言で皮に巻いて食べまくる。ちなみに大人四人で一羽分の北京ダックやら点心やら兎肉のスープやらをたらふく食らい、ビールを浴びるように飲んで、総額しめて四百元也である。日本円で約六千円。日本の中華街で何万円も出してありがたがって食べるのが馬鹿らしくなる。とりあえずこれで今回の出張の目的の九十パーセントは達成できたような気がする私だ。

  北京ダックを食べ終えて店を出ると午後十一時。しかし気温は摂氏二十七度。暑い。湿度もかなり高く、おもてに立っているだけでじっとりと汗がにじんでくる。未だ梅雨明けしない日本の関東地方からやって来た身にとって、この暑さはかなり辛い。天安門広場をちょっとだけ見学し、地下鉄でホテルに帰る。疲れた。泥のように眠る。

●07/28(月)
  今日から本格的に中国縦断行脚の旅が始まる。まずは午前中、北京市郊外の事業所入り。現地スタッフとこれからの出張日程の再確認やその他諸々の打ち合わせ。今回の出張はもちろん、本題のほうもかなりタイトなスケジュールであることを改めて認識。

  夜に飛行機で北京から常州へ移動。二時間のフライトの後にたどり着いたそこは、北京よりもぐっと南に下ったところだからか北京以上に気温が高く、そして猛烈に湿度も高い。常州の空港に掲示してあった天気予報によると、今日の常州地方の天候は晴れ。最高気温は三十七度、そして最低気温は二十九度。空港の建物から一歩外に出ると、むせかえるような強烈な湿気で息が苦しくなる。もう午後も九時を過ぎているのに湿度はおそらく七十パーセントは下るまい。天然のサウナ風呂である。市内の飯店で遅い晩ご飯を食べ投宿。とにかく暑く、そして疲れた。なんだかんだで午前一時ごろ就寝。泥のように眠る。

●07/29(火)
  午前六時起床。予報通り今日も朝から猛烈に蒸し暑い。まだ朝のこんな時間だが、間違いなく三十度はあると思われる。今日はまずは常州空港近くの経済特別区にある某業者と打ち合わせ。この某業者は日系企業の資本が入っているから(だが本社はシンガポールにある)日本人従業員も多いそうで、こちらに移り住んでいる人も何人もいるそうだ。空港もあるし上海から車で三時間程度と比較的近いからいろいろ便は良いそうだが、夏場のこの湿気はちょっと耐え難い。暑いのは平気だと思っていた私だが、それでもたぶんここには住めない。

  常州での業者との打ち合わせ後、すぐさま安徽省の寧国まで移動。この移動区間、当初は路線バスで移動する予定だったのだが、田園と山道が延々と続く田舎地方の乗り合いとあって(時間的、治安的に)かなり危険ということでマイクロバスをチャーターすることにした。ところがこのマイクロバスがオンボロで、エアコンは一応ついているものの効きが非常に悪く、車内は蒸し風呂状態。しかも寧国までの山道は一応舗装はしてあるものの、路面はでこぼこに波打ち穴ぼこがあちこちにあいているとんでもない悪路であった。予定では三時間程度でたどり着く予定が、悪路に道をさえぎられ暑さにやられて休憩を入れて、なんてことをして結局六時間半もかかってしまった。堅いシートに座りっぱなしでお尻が痛い。

  這々の体で寧国にたどり着き、ここでまた某業者と打ち合わせ。打ち合わせは午後六時半に終了。今度は車で南京まで移動である。寧国から南京までは約二百キロで、普通に走れば二時間ほどの距離だが、常州 − 寧国間ほどの長距離ではないにしろ、途中にやはり悪路はあった。ガタゴト車に揺られて、午後十時に南京に到着。今日は都合十一時間も車に乗っていたことになる。しかも冷房のろくに効かないオンボロ車で。これしきで死ぬとは思わなかったが、いっそこのまま全てを投げ捨ててここで暮らすのも悪くないかも、と思ってみたりした。限界を超えた熱気は頭蓋内の大脳皮質を溶解し、人から正常な判断機能を奪い去る。要するにどうでもよくなるということだ。

  南京市内で遅い夕食をとったあと、今日も泥のように眠る。

●07/30(水)
  今日は朝一番で深セン(土ヘンに川)に移動するため、無理矢理午前五時半に起床。昨日の今日でさすがに眠いが、気合いで起きる。普段なら絶対に起きられない時間だが、こうして切羽詰まるとなんとかなるものだ。人間の体は不思議である。

  南京空港から深センまでは空路で一時間半。それにしても深センの街のバカでかさに驚く。深センというと、なんとなく大きな工場が間隔を置いてポツポツと建ち並び、それを取り囲むようにしてマンションなどの街並みが申し訳程度にひろがっているような感じを想像していたが全然違った。良く整備された道路が縦横に走り、林立したビルが延々とひろがる巨大な近代都市だった。面積的にはおそらく東京の山手線の区内がすっぽり入ってしまうのではないか。経済特区に指定され、半ば実験的に作られた人工都市ではあるとはいえ、この大きさ広さはどうか。こんな都市を平気で作り上げてしまうパワーに恐れ入るしかない。こういうのを見せつけられると、この国にはもうどうやっても勝てないところまで来ている気がしてならないのだった。

  深センで某業者と打ち合わせたあと、夜の飛行機で再び北京に戻る。深センから北京までは飛行機で約三時間。午後七時半の便に乗って十時過ぎに北京に到着する予定であった。ところがまたもや北京上空の空模様が怪しいらしく、飛行機に搭乗してから延々と待たされる。結局一時間半ほど遅れて深センを離陸し、北京空港に到着したのは午後十一時半だ。なんだか何かの罰ゲームをやらされている気になってくる。私は何か悪いことをしてしまったのだろうか。ぐったりとタクシーで北京市内へ。ホテルにチェックインし、今日もヘドロのように眠るであろう。

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  ということでこれまでの四日間である。明日は天津まで行って、またも業者と打ち合わせをする予定だ。ちなみに北京から天津までは車で三時間だそうだ。さすがに主要都市間だけあって高速道路が整備され、あの悪夢のような悪路はない。らしい。ほんとだろうか。もう私は何も信じない。

  行脚の旅はまだまだ続く。気力があれば、そして運が良ければまた報告したい。
07月27日(日)
  突然だが、本日より中国へ向かう私である。本来なら春頃だったはずが、例の SARS 過によりここまで延期されていたのだった。それが今月になってようやく渡航延期勧告が解除され、晴れて出張解禁となったわけである。

  ということで今日から中国である。季節は真夏とあって中国本土はかなり暑そう。しかも今回の出張は十泊十一日の長丁場。暴飲暴食を避け(られないかもしれないが)、体調を崩さないように注意したいものだ。やっぱり生ものは厳禁だろう。できればかの地から日記も更新したいところだが、通信環境次第ではどうなるかわからない。まああまり期待しないで頂きたい。

  では皆様、また会う日まで。
07月21日(月)
  「いとしの冷夏」というのはどうか。

  暑いのにとにかく弱い虚弱体質のエリック・クラプトンが、日本の高温多湿な盛夏を憂い、できることなら涼しく快適な冷夏となってくれることを切々と訴えるのである。「冷夏!跪いて頼むよ!」「冷夏!お願いだから」「冷夏!俺の心を楽にしてくれ!」

  梅雨、早く明けないっすかね。


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